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『赤西蠣太』 洗練された技巧

監督 伊丹万作 1936年 日本映画の傑作だが、欠落している部分があり、保存状態もあまりよくない。ソフト化はVHS、LDのみのようだ。随分と不当な扱いのようにも思われるが、商品として成立しないのだろう。我々観客の鑑賞眼や文化に対する態度にも問題があるのかもしれない。しかしそうは言ってもフィルムは当然劣化していくだろうし、現在の保存状況が気になってしまう。文化庁は何かしているんだろうか? 映画は冒頭、2人の武...

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『祇園の姉妹』優れた着想・描写と相反する人物表現

監督 溝口 健二 1936年 『祇園の姉妹』は成功への偏った信念を持った人物が、それに基づいて行動する様を描いた映画と言えるだろう。その行動が他人や社会にどう作用し、どのような反作用が返ってくるかという実験をしてみせているようで、観客も興味深く見ることができる。 映画は山田五十鈴演じる「おもちゃ」の個性的なキャラクターが物語を展開させていく。自らが事を起こし物語を作り出していく、まさに主人公らしい主人公...

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『一人息子』 完成しつつあるスタイルと取り残された編集

監督 小津安二郎 1936年 1936年の作品。様々な出来事が描かれつつ物語としての展開がないという、一般的な意味で言う特殊さと小津の特徴がとてもよく出ている映画だ。そして最後に醸し出される時の流れも。 冒頭、製糸工場で働くおつねが貧しく苦しい生活の中、将来のために息子良助の中学進学を許し、良助と先生が喜ぶという場面から映画は始まる。 しかしこの映画の構成は変則的だ。冒頭で登場人物の動機を描いた後、彼らの...

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『非常線の女』 仮構世界の魅力と軽薄さ

監督 小津 安二郎 1933年 アメリカのギャング映画のパロディのような作品。1933年当時の日本にアメリカ映画の風景、文化、キャラクターを移植している。人物表現は薄っぺらく、作品世界はでたらめに設定され、ストーリーも荒唐無稽にできている。その一方で、描写の素晴らしさだけは最後まで一貫していて、その中には後年の小津作品には見られないカメラと被写体の動きの面白さもある。一級品の顔を持ったB級映画といったところ...

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『ノスタルジア』 狂気と描写への執着

監督 アンドレイ・タルコフスキー 1983年 イタリア・ソ連合作映画 描写が素晴らしい。しかし冗長さも伴っている。そして物語は特異だ。ロシアの詩人アンドレイが取材のためにイタリアを巡り、少し俗っぽい通訳の女性や狂信的キリスト教徒のドメニコとの交流が主に描かれるのだが、ドメニコはローマで意味不明な演説をした後焼身自殺し、アンドレイは世界を救うために温泉を蝋燭を持って渡る。不可解であり独創的だ。 この映画...

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『サクリファイス』 実体と表現の間

監督 アンドレイ・タルコフスキー 1986年 スウェーデン映画 この映画は世界観、表象、物語…つまり何もかもがキリスト教的だが、キリスト教礼賛ではない。人類が持っている宗教的な心情、信仰や迷信への心的傾向がこの映画においてはキリスト教に像を結んでいるということだ。テンポの遅ささえ気にしなければ誰もが楽しめる。描写も物語も独創的でとても面白い。特にタルコフスキーの映画としては偏りがちだった描写が抑制され、...

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『バック・トゥ・ザ・フューチャー』娯楽映画の傑作

監督 ロバート・ゼメキス 1985年 アメリカ映画 最初から最後までとにかく楽しいコメディ映画。娯楽と銘打った映画が実際はちっとも面白くないことも多く、「娯楽映画」と聞くと「またどうせつまらない映画だろう」などと考えてしまいがちだが、この映画は言葉本来の意味での娯楽映画だ。 シナリオの面白さは傑出しているし、全編に散りばめられたギャグがまた一々可笑しい。描写においても、素朴で長閑な「Two Pines」と現代の...

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ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

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