FC2ブログ

記事一覧

HOME

『斬、』人間と世界の不調和

監督 塚本晋也 2018年

『斬、』蒼井優演じるユウ 全体の状況より個々の被写体の細部に執着する視点に塚本晋也らしい魅力がある。熱せられた橙色の鉄、刀とその擬態音、首を握る手、竹とんぼやてんとう虫など。揺れるカメラが生み出す臨場感、塚本の演じる澤村のキャラクターなども魅力的だし、物語は独創的だ。

 ただ、この映画は江戸時代の末期を描きつつ、そこに第二次世界大戦後の価値観を持ち込んでしまう。池松壮亮演じる主人公、都筑のキャラクターだ。彼は自身の滞在する村の人々がならず者として恐れている集団と接触し、酒を酌み交わし、彼らの武勇伝を聞いた上で、村人たちに ”彼らはそれほど悪い人たちではない” と言って、共同体にならず者たちを取り込もうと努力する。本気でそう思っているのか、それが彼の生存戦略なのかは観客にはまだ分からない。しかし次に、自分の剣術指南の教え子が酷い暴力を加えられても、それを ”やられた内に入らない” と主張し、復讐の連鎖を恐れて報復を拒む。ここまで来ると彼は昭和時代の空想的な平和主義者そのままに見えてくる。幕末には存在し得ない思想、人物像だ。

 描かれる時代の状況に、それとは異なる状況を背景に成立した思想を持った人物を移植していて、観客には映画としての表現より作り手の作為の方が見えてしまう。描きたいことと作品の時代設定とがうまく噛み合わなかったのだろうが、その齟齬を無視したまま展開していくシナリオはリアリティを維持しきれていない。都筑は幕末にタイムスリップした昭和の人のように浮いた存在になっている。

 また、蒼井優演じるユウも最後まで都筑の跡を追い続ける。彼が自分をならず者から救える状況にありながらそうしなかったことには、怒ったり、幻滅することもなかったらしい。家族が殺されたときの激しい怒りは何だったのだろう? これもシナリオ上必要な展開だったのだろうが、その心理に無理があって、彼女を観客に理解できない、少し分裂した思考の持ち主にしてしまっている。しかも、彼女は弟の時にも同じ行動をしていて、これで二度目だ。ここでも物語の都合が優先され、人物のキャラクターや作品世界の実在感は損なわれている。

 都筑のキャラクター自体は単体では面白い。彼は自分が殺されかけ、自分を慕う娘が強姦されていても、ならず者たちを斬ることができないのだ。彼はそれが必要な状況であっても人を斬ることが心理的にできない人間であることが明らかになり、その上で「私も人を斬れるようになりたい」と言う。
 彼の言動は戦後思想が仮託された陳腐な類型であるように見えていたが、更にその思想が実は人を斬ることができないが故の正当化であり、自己欺瞞でもあるように見えてくる。
 人を斬らないことで大切な人や自分自身を守ることができず、しかし人を斬れるようになりたいと狂ったように叫ぶ…。おそらく精神を病んでいるのだろうが、非常に興味深いキャラクターだ。彼に合った作品世界が用意されなかったことがとても惜しい。彼は例えば、昭和の時代を背景にあさま山荘事件を起こしたようなテログループの一人として設定されていれば、もっと実在感溢れる、もっと魅力的な人物として観客に記憶されただろう。

 その後、彼は益々狂っていき、何故か江戸へ行くことはやめたようで山登りをする。澤村に斬られることより斬ることを選択し、澤村を殺して、更に山を登っていく。観客に彼の心理はさっぱり分からないが、きっと自身がてんとう虫になったつもりなのかもしれない。

『斬、』塚本晋也演じる澤村次郎左衛門 最初に挙げたように面白い部分もたくさんある映画だが、物語偏重の結果生み出された、人物のキャラクターとそれが本来存在し得ないはずの作品世界との齟齬は、重大な欠陥だろう。人物のキャラクターはその時代、その場所の中で形成されるものなのに、それを無視した人物設計では、その人物の存在も、それを許容している作品世界をも観客は信じることができなくなってしまう。
 さらに戦後の価値観を持ち込んだことで、この映画は、作品から作者の政治的意図や現代の状況を読み取ろうとする皮相な映画の見方に観客を誘導してしまう。作り手自身がそのような性質を作品に与えているのだ。映画を目的ではなく手段とする人々に、”時代劇に仮託した反戦映画” ”現代の右傾化する日本に対する警鐘” などとして、映画とは無関係な方向で称揚されてしまうことも十分あり得そうだ。

 少し歴史的な視点から言うと、”人間と世界の関係” の捉え方において、山中貞雄の時代劇とは対極に位置する時代劇映画ということになるだろうか。

このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
コメント

拍手とコメント、両方して下さる方はお手数ですが、コメントは下のコメント欄にご記入下さい。拍手ボタンを押した後に出てくる「拍手コメント」に書き込んでも通常ページには表示されない仕様になっているようです。                       ⋮

コメントの投稿
非公開コメント

全記事表示

ジャンル別

年代別

プロフィール

ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

トラックバック

リンク

撮影監督の映画批評

無意識の感情移入など専門的な視点から語られる映画評。とても個性的。


このブログをリンクに追加する