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『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』瑞々しい感情表現と美しい構成

監督 岩井俊二 1995年

 繊細な感情表現、美しい映像、そして郷愁に満ちた物語に抗しがたい魅力がある。とりわけ岩井俊二の映画は感情の流れをうまく掴む一方、物語の骨格が曖昧なことがあるが、この映画には明確な構造の物語がある。そしてその物語が美しい。

打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? ある時点から異なる筋を辿る2つのエピソードから全体が構成されていて、それが多様な魅力を生み出していく。
 まず、その接続部分がいい。最初の物語が少女の不幸を目の当たりにした主人公の「もしあの時俺が勝っていれば」という後悔で終わり、そのモノローグが数度繰り返されるのに被せて「あの時」の回想シーンが映し出される。その情景はまさに主人公ノリミチの記憶の断片のように幾つかのカットに分割されている。が、映画は実はここでさりげなく2つ目の物語に移行している。観客が気付いた時にはもう新たな物語が新たな展開を始めていて、その接合部は綺麗に消え去っている。

 以降の描写はその構成が生み出した異化効果によって、より新鮮に、より魅力的に変身している。そして新たな展開が ”もしこうであったなら” という反実仮想とともに始まることで、それはもう永遠に失われてしまったが、もしかしたらあり得たかもしれない可能性の物語として、憧憬と郷愁を帯びて映像は益々美しくなっていく。
 異なる成り行きを見せる新たな物語が単なる回想や願望でないことは映画がノリミチの知り得ないことをも描写し始め、延々と終わる気配がないことから察せられてくる。そして2つの物語の関係については一切説明がない。それが作品に奥行きを与えている。これは失われた可能性の世界であり、並行世界、上書きされた世界、いずれでもあり得る。そこには矛盾した材料を与えられて観客が自然と考えを巡らしてしまう自由さがあり、それが作品世界の奥行きを深めているのだ。
 感情表現もこの映画の大きな魅力だ。いかにも子供らしい思考を捉えたシナリオ。それを演じる子供たちもとても自然だ。ナズナの心理を観客に見せないことで表れてくる予想外の気まぐれさ。駆け落ちしようと言っておいてさっさと帰り始める。かと思えば、プールの水で涙を流し「今度会えるの2学期だね」と言う。おそらくもう2度と会うことはないのだろう。ナズナを引きずっていく母親の描写もいい。1カット一瞬見せる顔だけで痛いほど彼女の不幸が伝わってくる。また灯台を目指すユウスケたちが長い道程に疲れて突然好きな女の子の名前を叫びだす場面。ユウスケはナズナを好きだと言ったりまた嘘だと言ったりしていたが、ここで叫ぶのはやはりナズナの名だ。観客に彼の本心はさっぱり分からないが彼自身も分っていないのかもしれない。これらの微妙な心の揺れはかつて子供だった誰しもが思い当たることだろう。

 ナズナは別れ際にふと疑問を口にする。「花火ってさ、横から見ると平べったいのかな?」

打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? こうしてナズナ・ノリミチの疑似ロマンスと子供たちの一日限りの冒険が打ち上げ花火に収束してクライマックスとなる。
 岩井は初めタイトルでもある打ち上げ花火を他愛ない子供の疑問として導入し、さりげなく物語の中心に置く。それは本編中、中心ではあっても特に意味を持たない空虚であり続け、最後になって一気に充実した意味で満たされるのだ。子供たちに冒険させるための作劇上の役割に過ぎないように見えていた打ち上げ花火は最後に2つの冒険を意味的に結びつけ、それら輝かしい少年の日々の象徴のように夜空いっぱいにきらめく。それは一瞬だけ美しく輝いて消えていく打ち上げ花火でなければならなかったのだ。

 そして、全ての情感を乗せた花火が消えていくのと同時に映画もフェードアウトする。それは観客には早すぎる終わりであるように感じられるだろう。何か物足りない……その時我々観客は初めて気づく。我々はいつしか彼らに愛着を覚え、まだもう少し彼らを見ていたかったのだ。しかし映画はここで終わる。花火や少年の日々のように過去となることで、「失われた可能性」の物語もまた、決して忘れることのできない、美しい憧憬の対象として我々の記憶の中に沈潜していくのだろう。

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