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『月世界旅行』虚構の魅力

ジョルジュ・メリエス 1902年 フランス映画 14分

月世界旅行 童話のような宇宙イメージ 史上初のSF映画として有名な作品。人の顔をした月に弾丸が突き刺さっている画は、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。映画という極めて現実的な表現媒体で、自由奔放な夢物語を具象化したことが画期的だ。
 キネトスコープの頃から映画に内在していた魅力のうち、リュミエール兄弟が映画の迫真性と記録性の魅力を知らしめたのだとしたら、ジョルジュ・メリエスは映画のもう一方の魅力、虚構の面白さを知らしめたのだ。

 他にも、当時稀なロング・ショットやズームアップに擬したショットがあったり、左から右へ進み、右から左へ戻るという方向性をすでに獲得しているのも興味深い。

 そして歴史的意義から離れ、現代においてはこの映画がつまらないかというと、そんなことは全くない。確かにリアリティのなさに白けることも、起伏のない物語に退屈することもできるが、それ以上にメリエスの多彩で遊び心に溢れた映画表現を楽しむことも、現代とは異なる原初的な表現に新鮮な魅力を感じることもできる。そして何よりこの映画は、現代までの様々な映画の根底にある虚構の魅力を改めて教えてくれるのだ。

月世界旅行 絵で描かれた背景とそこに実在する人々が作り出す虚構の世界 その剥き出しの虚構性は、嘘を本物に見せかけようとしたり、リアリティを装ったりするところが全くない。見るからに絵と書き割りでできている作品世界、鋲で継ぎ接ぎされた手作り感満載の弾丸と巨大な大砲。童話の挿絵のような箒星が夜空を流れ、人の顔をした星々が微笑み、女神たちは星を掲げ、三日月に腰掛ける…。古めかしくも琴線に触れる美しいイメージの数々。それらが実写として描かれ、生身の俳優たちが演じる虚構の世界。実に魅力的だ。それは虚構だが絵に描いた餅ではない。実際に我々の眼前にあり、そこに人々が確かにいるではないか。現実よりずっと魅力的なもうひとつの現実だ。

 こういった虚構の魅力はアニメーションの得意分野と思いがちだが、本当は実写映画の方が向いているらしい。現実的な風景の描写にアニメが実写以上の魅力を発揮することがあるが、夢想の具象化では実写映画の方がより際立った魅力を放つ。逆説的で面白い事実だ。

 また、この映画はSFであると同時にコメディでもあり、登場するキャラクターたちも楽しい。偉いはずの人々がピエロのような正装で喧々囂々の議論をしていたり、カエルのようにピョンピョン飛び跳ねる月の住人。さらに月の住人達は皆、傘で叩かれると爆発して消えてしまう特異体質だったりする。一匹、大砲の弾にしがみついて地球までついてきてしまうが、ラストではなぜか地球人と一緒にダンスを踊って喜んでいる。憎めない連中なのだ。そういえば、よく特撮ものでヒーローに倒された怪人が爆発して消える描写があるが、それはもしかしたらこの映画に由来しているのだろうか? 

月世界旅行 大砲は常に右向き。帰る際は左向きになる 行きは大砲の弾で月に突き刺さり、帰りは月から落下してくるなど、SFとは名ばかりのデタラメぶりも面白い。
 これらは、当時の人にとっても現代の人にとっても等しくナンセンスで、時代に関わりなく全ての人が楽しめる要素だ。カメラが全く動こうとしないのも今見ると却って新鮮に感じられる。

 『月世界旅行』は素朴で原初的な表現によって映画の虚構としての特性とその魅力を、誰にも誤解の余地のない明瞭さで告げている。映画にとっては今も、これから先も一つの指標であり続ける作品だろう。


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