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『ある犯罪の物語』特殊な表現とドラマの獲得

監督 フェルディナン・ゼッカ 1901年 フランス映画 5分14秒

 ある男が強盗殺人をして、警察に捕まり、絞首刑に処せられる。その中に彼の回想シーンが出てくるのだが、その表現方法が現代の映画とは異なっていて、とても面白い。

『ある犯罪の物語』特殊な回想シーンとその前後で被写体の配置が反転する不思議な描写
  現在と過去が同時に存在し、
  部屋の配置がなぜか反転する不思議な描写
 まず、彼と看守らしい人物が独房で寝ている様子が描かれ、その同一フレームの中にもう一つの小さなフレームが突然現れ、影が幕のように上がって映画内映画が始まる。男性が大工仕事をしているところに女性が男の子を連れてくる。3人は家族らしい。また幕が上がり、男女と青年がいる。3人で食事をしていて、幸せな家族の風景だ。どうやら先程の男の子が成長してこの青年になったということのようだ。次に幕が上がると酒場のようなところで二人の男がカードゲームをしている。左側の男が青年のさらに成長した姿であり、冒頭の犯罪者であるらしい。同じような帽子をかぶっているのがそれを記号的に表現している。彼は賭けに負けたのか不機嫌そうだ。おそらく、この出来事が冒頭の強盗殺人の動機となった、という描写だろう。ここで幕が下りて小さなフレームは唐突に消える。ここまで外側のフレームで、男と看守はずっと眠ったままだ。

 現在の独房シーンの中で、過去が三幕ものの芝居として同時に描かれている。実に分かりづらい! 当時の観客はこれを自然と理解したのだろうか? 現代の観客にとっては、目新しく、そして理解のしづらい表現だ。回想シーンとは思いもよらないという人もいるかもしれない。そうなると訳の分からない不思議な場面に見えるだろう。しかし、だからこそ現代の我々にとっては面白く感じられる。

 更にフレーム内の回想シーンが消え去ると同時に独房の配置も左右反転しているではないか。頭を右に寝ていた男は左向きになり、男の右側に存在していたはずの看守、花瓶、扉なども全て左側に移動している。摩訶不思議で、魅力的な描写だ。我々には分からないが、これが当時は何らかの意味を表していたのか? 回想が終わったことを示す一種の句読点のようなものだろうか?

 物語は、実際に起こり得る出来事を描いている点では、リアリズムを志向している。ある人物の犯罪に至る経緯とその結果を冷徹に描き出している点で、社会派リアリズムと形容していいかもしれない。その反面、描写では演劇調の芝居、書き割りであることを隠そうともしないセット、奥行きを絵で表現するなど、虚構ならではの魅力を備えてもいる。丁度、ジェームズ・ウィリアムソンとジュルジュ・メリエスの真ん中に立っているような感じだ。

『ある犯罪の物語』ショッキングなラストシーン。ここでも位置関係がデタラメで前場面と繋がらない
 ショッキングなラストシーン。
 ここでも位置関係がデタラメで前場面と繋がらない
 そしてもう一つ、『ある犯罪の物語』の画期的なところはドラマを描いていることだろう。最初に男の凶悪な犯罪を提示し観客に彼を憎悪させておいて、そんな彼にも幸せだった子供時代、愛してくれた両親があったことを明かして改めて感情移入させ、その上で最後には彼が無慈悲に斬首される様を描く。単に出来事を時系列に沿って構成しただけの物語ではなく、観客の心を動かすドラマを持っている。

 それにしてもジェームズ・ウィリアムソンやジュルジュ・メリエスと合わせて考えてみると、20世紀初頭、物語を取り入れ始めたばかりの映画たちが、すでにこれほど多様な映画的魅力の元型を網羅していることには、驚くばかりだ。

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