FC2ブログ

記事一覧

HOME

『朗らかに歩め』小津の別系譜

監督 小津安二郎 1930年

『朗らかに歩め』船からトラックバックして手前に車を入れ込んでいくカメラワーク 冒頭、接岸した大きな船を捉えたカメラがトラックバックしてゆき、手前に並んでいる自動車を次々に入れ込んでいく。なぜか自動車が斜めに並んで停まっているのは、勿論、この美しい構図を作るためだろう。その前を今カメラが通ってきたのと逆方向に群衆が全速力で奥に走っていく。そこから次々とカットを変え、場所を変えて、カメラは走る群衆を捉えていく。カメラと被写体の動き、構図、カット割り、全てが工夫されていて魅力的だ。

 『朗らかに歩め』は戦前の小津作品の一つの傾向を代表している。アメリカ映画を模倣する描写、メロドラマ的な内容、虚構の日本を舞台にしていることなど。小津にとっては大成することの出来なかった路線だろうし、この作品も決して出来はよくない。しかし、冒頭の場面に見られるような描写の面白さ、軽薄な物語と作り物の世界ゆえの気楽な楽しさなどがある。この映画には特に、戦後の小津が削ぎ落としていった贅肉が沢山つまっている。贅肉の方が美味しいという人だっているだろう。
『朗らかに歩め』カメラの前を奥に向かって走り込んでいく群衆

 ここではまだそれほど成功していないが、複数の人物が同時に同じ挙動をする描写が作中、何度も試みられていて、後の『非常線の女』のダンスホールで、人々が一斉に振り向く度にカットが変わって別の人々の別の動きを捉えていく短く鮮烈な描写の雛形だ。作品自体、『非常線の女』の前哨戦のような作りで、おそらくここで試みてうまくいかなかったことをもう一度『非常線の女』でやってみたのだろう。

 こういった傾向の作品群は『生まれてはみたけれど』や『父ありき』などの名作に比較すると明らかに見劣りはするが、アメリカ映画を真似てみたり、様々なカメラの動き、細かなカット割りなど、新しい表現を試していて、作り手自身に感じられる前向きな気軽さや楽しさが、一つの魅力にもなっている。
『朗らかに歩め』カットを変えて走る群衆を様々な場所から捉えるカメラ そして勿論その試行錯誤によってこそ『非常線の女』は『朗らかに歩め』よりずっとマシな作品になったのだし、『東京の女』や『淑女は何を忘れたか』などの優れた描写も生まれたのだ。しかしその後、小津は1949年の『晩春』で一つの型を見出し、以降それを追求していくことになる。小津に言わせれば ”豆腐屋は豆腐を作るものだ” といったところだろうか。

 『朗らかに歩め』の系譜を発展させた先にはもっと面白い何かがあったのかもしれない。ただ、それはもう分からない。豆腐屋が極めたトンカツの味を知ることが出来ないのは残念なことだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
コメント

拍手とコメント、両方して下さる方はお手数ですが、コメントは下のコメント欄にご記入下さい。拍手ボタンを押した後に出てくる「拍手コメント」に書き込んでも通常ページには表示されない仕様になっているようです。                       ⋮

コメントの投稿
非公開コメント

年代別

ジャンル別

プロフィール

ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

リンク

撮影監督の映画批評

無意識の感情移入など専門的な視点から語られる映画評。個性的。

 

映画中毒者の映画の歴史

創成期の映画史と当時の作品の解説。貴重な情報が多数。


このブログをリンクに追加する