FC2ブログ

記事一覧

HOME

『愛より愛へ』他愛なさを称賛させずにおかない

監督 島津保次郎 脚本 大庭秀雄 出演 高杉早苗 1938年

 古い映画だが現代においても誰もが気軽に楽しめる良質の娯楽映画だ。

 物語は戦前の家制度を背景に階級の違う若い男女のカップルを描く。定石通りに破局や自殺を仄めかす描写を挿入しつつ展開し、観客にドラマティックな悲劇を予感させる。ところが、最後になってそれまでの深刻な展開を台無しにして唐突なハッピーエンドに収束してしまう。もちろん観客は拍子抜けだ。しかし、落胆させるということではない。それによって我々は苦笑いしながらもほっと安堵し、幸福な気持ちで劇場を後にすることができるのだ。

『愛より愛へ』高杉早苗。店にシゲオの伯父が来た場面 観客の心理の流れとしてはこんな感じだ。
 若い二人のアパート暮らしは貧しくもロマンチックだが、この世界では長男の結婚は個人間の問題で済むものではないらしい…。タニカワ家の誰もが二人を別れさせようとしてくるし、何よりシゲオの父が絶対に許しそうにない。これは深刻な問題だぞ…。シゲオに文才さえあれば解決するのに。健気なミヤコと違って無能な上に開き直って悲観的なことばかり言いやがって、何だこいつは。しかしそうは言っても二人には幸せになってほしい…。これをこの映画はどうやって解決するのだろう? いや、解決できるのか? 少なくとも自分にはどんな方法も思いつけない。ああ、二人が別れそうだ、シナリオが自殺を仄めかし始めたじゃないか…もう駄目そうだ…。

 それが突然、問題そのものが消失し、映画は他愛ないコメディに転換して終わってしまう。そこで、我々観客も愛すべき登場人物たちとともに拍子抜けし、安堵し、幸せな鑑賞感に導かれるのだ。
 島津の優れた作品にはいつも軽くて見過ごしてしまいそうな斬新さが宿っている。

『愛より愛へ』高杉早苗。背後には窓の外の風景と鏡に映った二人 終わってみれば実は何も深刻なことなど起こっていない平坦なストーリーがいい。島津の人物描写の魅力は、複雑さや深刻さなどより、この単純さの方がより似つかわしい。序盤は平凡でありきたりに感じられるかもしれないが、伯父さんの唐突で見事な「コケコッコー」に笑い、「覚めてから夢だと気づくんだ」「そういうのを主観と言うんだ」と妙に気の利いた台詞に感心させられるうちに、物語の平凡さなど気にならなくなるだろう。他にも妹の「はばかりさま!」に「はばかりは廊下だよ」と返すシゲオなど、ちょっとしたダイアローグに意表をつく自然さ、面白さがある。

 役者の演技は『隣の八重ちゃん』程のこなれた自然さはないが、十分魅力的だ。『隣の八重ちゃん』の端役でデビューした高杉早苗がヒロインを演じ、高峰三枝子、佐野周二と、当時のスターたちが見られる。

『愛より愛へ』広く奥行きのある道路。映画館に向かう3人 家父長制をはじめ当時の社会を描いているのもこの映画の魅力だ。タニカワ家の家長は家庭内でいかにも絶大な権力を持っていそうだし、はじめのうちは誰もが揃って、会ったこともないミヤコに偏見を持ち、新聞社の面接官は平気でシゲオのプライベートに踏み込んでくる。現代の非常識が当時は常識だったのだろうか。特異な環境のように見えるが、目新しくもあり、その中で生きている登場人物の心理には普遍性があって、問題なく楽しめる。
 人々は現代よりもずっと礼儀正しく、初めて会う人には畳の上で手をついて挨拶を交わし、勧められた座布団は一度二度と辞し、三度目にやっと座る。女性は「〜だわ」「〜なのよ」と話す。

『愛より愛へ』高杉早苗と高峰三枝子。幸福な結末 描写においては、いつもながら空間演出に開放感があり、何気なく自然さと緩急を維持する編集も魅力的だ。
 フレーム内の疑似フレームが映像を豊かにしていて、アパートの部屋では窓外の風景が常に見え、鏡には二人の姿が映る。実家や料理屋でも障子は常に開いていて庭が見え、奥の廊下を仲居が通り過ぎる。当時の街の景色や映画『民族の祭典』の引用なども作品の外部を感じさせ、それらによって醸成される作品世界の広大さが非常に心地いい。
 時間経過は多くの場合、フェードアウトで表し、さらに枕ショットを挟んだりもするのだが、伯父さんの「コケコッコー」の後などでは「水炊きがいいな」に被せて間髪入れず水炊きのショットに変わるなど、編集も緩急自在だ。

 島津保次郎はやはり日本映画を代表する監督の一人だ。現代においては少し過小評価される傾向があるようにも見える。折りに触れ再評価が必要なのではないだろうか?

このエントリーをはてなブックマークに追加
関連記事
コメント

拍手とコメント、両方して下さる方はお手数ですが、コメントは下のコメント欄にご記入下さい。拍手ボタンを押した後に出てくる「拍手コメント」に書き込んでも通常ページには表示されない仕様になっているようです。                       ⋮

コメントの投稿
非公開コメント

年代別

ジャンル別

プロフィール

ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

リンク

撮影監督の映画批評

無意識の感情移入など専門的な視点から語られる映画評。個性的。

 

映画中毒者の映画の歴史

創成期の映画史と当時の作品の解説。貴重な情報が多数。


このブログをリンクに追加する