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『嫁ぐ日まで』技巧が支える親しみ易さ

監督/脚本:島津保次郎 出演:原節子・矢口陽子・杉村春子 1940年

 平凡な日常を新鮮で魅力的なものに刷新してしまう島津の資質が十二分に発揮された一本。内容、表現ともに新しい試みが見られないのは少し寂しいが、そのかわりに、ホームグラウンドで羽を伸ばした、寛いだ楽しさがある。

『嫁ぐ日まで』通学電車内のアサコら女学生たち 内容的には当時の結婚や家族関係が主に描かれる。登場人物は皆、自分の感情や将来設計より家の存続とその中で果たすべき役割を優先して考える。その家族観念や、背後にあるだろう当時の家制度は現代の観客には奇異に感じられる面もあるかもしれないが、次女アサコの存在がアンチテーゼとして機能することで両義性を獲得していて、時代や文化の違いに関わりなく誰もが興味深く見ることができる。目立たない形で普遍性を備えた優れた映画なのだ。
 演技陣ではまだ映画デビュー3年目の杉村春子や20歳の原節子も見られるし、活動期間の短い矢口陽子が見られるのは更に貴重だ。役柄か演技か、原節子はずっと年上に見えるし、矢口陽子は中学生ぐらいにしか見えないのも面白い。

 まず、島津らしく物語と関わりなく挿入される描写が非常に魅力的だ。
 矢口演じるアサコの女学校の場面では、隣の席のホシヤマさんがアサコにちょっかいを出してくる。普通の映画ならまず描こうとしない、しかし、いかにもありそうな些細な人物描写だ。しかも続けて、先生の杉村春子が背を向けたままそれを見抜いてしまう。侍映画の剣豪のような場違いの鋭さにホシヤマさんも観客もビックリだが、何より物語の進展に全く役立たない描写がここまで詳細に個性的になされること自体が驚きだ。誰しも経験したことがあるようなありふれた日常が、瑞々しく新鮮に生まれ変わっている。

『嫁ぐ日まで』「格子なき監獄」のチラシ 授業が終わるとアサコたちはピアノで遊びだし、先生とアサコの母が話をしている廊下までその音声が聞こえてくる。さらに彼女たちは廊下を騒がしく通り過ぎ、出入り口付近では甲高い声を上げ、校庭に出て無邪気に遊んでいるところが廊下から眺め見られる。物語に貢献しない描写の数々が、実に細やかに臨場感たっぷりに展開されていて、映画の映画らしい魅力に溢れている。

 また、彼女たち女学生の通学電車内の描写ではそのリアルさとともにセリフが面白い。話題はフランス映画『格子なき牢獄』についてだ。「つまり感化院の生活よ」「環境がああするのね」「とても芸術的よ」。彼女たちは現代の平均的な高校生よりずっと ”意識が高い” らしい。

 こういった描写の豊かさは挙げだしたらキリがない。


『嫁ぐ日まで』レコード店でアサコを見つけるヨシコ 一方、編集面では大胆な省略を含んだ時間表現がなされている。ヨシコが父に再婚話を聞く場面、庭の梅の木に凧が引っかかる。そこからカメラが位置を変えずにオーバーラップすると、凧がなくなっていて梅の木には蕾が芽吹いている。縁側でアイロン掛けをしているのはヨシコではなく新しい母だ。すでに父は再婚して少し経つらしい。更にオーバーラップすると満開の梅の木々になり、アサコたちのピクニックの場面に繋がる。省略と時間の飛躍は大きいが、表現は観客に斬新さを感じさせるほど急進的でなく、あくまで穏やかだ。

 また、後半ではヨシコの結婚の経緯も省略されていて、物語の重要な転換点に限って編集がバッサリ刈り取ってしまう。この映画の快い穏当さは、不要な描写の存在と、必要な物語の不在によって醸成されているようだ。

 これら優れた技巧とそれを目立たせない親しみやすい作風が島津の美質なのだが、それが却って我々に彼を過小評価させる。しかし、日本的、松竹的な小市民映画の創始者としては勿論、リアルで新鮮な人物描写、技巧的でありながらそれを観客に意識させない自然さなど、日本映画の最重要な監督の一人だ。特にその新鮮な人物描写の魅力では他に並び立つ監督はいないだろう。

『嫁ぐ日まで』嫁ぐ日のヨシコとアサコ 物語は島津の良作の常として非常に単純だ。いや、ないと言っていいかもしれない。新しい母親に対するアサコの葛藤が主に描かれていくのだが、結局、それは家族関係に何の変化ももたらさない。姉のヨシコもアツシとの恋愛に踏み出すことなく、堅実な結婚を選んだことが唐突に示され、ほろ苦いラストが訪れる。いずれの場合も物語は形成されることなく霧消している。
 登場人物の幸せを願う一般的な観客としては少し寂しい結末だが、映画は同時代の結婚観や家制度を肯定している訳ではない。自分の感情に正直に、今を生きているアサコを否定し、賢く将来を見据え、堅実に生きるヨシコを肯定しているのでもない。ただ、何も語っていないだけだ。
 
 この映画を見るとき、観客は島津保次郎の自家薬籠中の名人芸に安心して身を任せ、ただ悠々とその瑞々しい描写を楽しめばよいのだろう。

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