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『ワイルド・アット・ハート』映画を笑うための映画

監督/脚本 デヴィッド・リンチ 1990年 アメリカ映画

 タフな男のワイルドな生き様を描いた痛快アクション・バイオレンス巨編であり、感動の純愛ラブストーリーだ。が、そのあまりにストレート過ぎる表現はその種の映画のバカバカしさを観客に否応なく自覚させて爆笑を引き起こしてしまう。つまり、これはコメディ映画なのだ。B級映画のでたらめな表現を大真面目に模倣し、おしゃれなフィルムノワール(フランス語でこう呼ぶと作品のオシャレ度がアップする)を顛倒させて散々バカにしてまう。

『ワイルド・アット・ハート』愛し合うルーラとセイラー すべての登場人物がどこかしら狂っているブラックジョークのような作品世界、男っぽい不良がカッコいいとされる大時代的な世界観、おまけに魔女が実在するファンタジー映画の世界でもある。見事な混沌ぶりでジャンル映画をバカにしまくっているのが実に面白い。一方で勿論、真正面からこの ”ワイルドでロックな” 愛の物語をそのものとして堪能してもいい。最後にニコラス・ケイジが歌う唐突な「ラブ・ミー・テンダー」には大笑いしながらも、実はちょっと感動してしまうというのが、この映画の正しい鑑賞法というものだろう。

 タイトル前の燃え上がるマッチの極端なアップとその発火音、奥から効果音付きでやってくる「WILD AT HEART」の文字列、やがて聞こえてくる優雅な背景音楽と本編に入った途端の「イン・ザ・ムード」。映像と音、そしてそれらの持つリズム感、全てが自己主張し、かつ融合して一つの表現となっている。紛うことなきデヴィッド・リンチ作品だ。
 本編においてもフラッシュバックする炎の接写、場面転換に同期する効果音と音楽、ラジオから流れ、登場人物に歌われる50年代の音楽など、いつもながら映像と音に優れ、カットとシーンを音楽のように構成する編集によって、見事な音響映画に仕上がっている。映画は普通見るものだが、リンチの映画は聞くものでもあるのだ。

『ワイルド・アット・ハート』見ている方が恥ずかしくなってくる程ダサカッコいいセイラーとルーラ ファーストシーンでセイラーは、ナイフを手に絡んできたガタイのいい黒人男を素手でボコボコに叩きのめす。彼は強くワイルドでカッコいい男なのだ。しかしちょっとやりすぎたようで相手は大量に血を流して動かなくなってしまう。刑務所送りになるが、彼には健気な恋人ルーラがいて、仮出所には迎えに来てくれるし、男としての彼を絶賛する。
 ディスコではルーラにちょっかいを出したチンピラをぶちのめし、相手が謝罪すると「ビールでも飲んでこい」と男らしく許して、バンドに演奏を命じ「ラブ・ミー」を歌い上げる。なんて絵になる男だろう! もちろん女は皆彼にメロメロだし、男にとっては彼こそ男の中の男だ。ホールは拍手と歓声で満たされる。
 観客としては ’80年代のヤンキーにでもなったつもりで頭を空っぽにしてこの世界観に酔いしれるか、あまりのバカバカしさに爆笑するか、もしくはその両方か、反対に白けてしまうべきか。いずれにしろ、映画史上、最高にダサくて最高にカッコいい名シーンだ。そして当然、その夜のセイラーとルーラの愛は一層激しく燃え上がるのだ。

『ワイルド・アット・ハート』なぜか顔に口紅を塗りたくり真赤になったマリエッタ 彼らを筆頭にこの映画では全てのキャラクターが少し狂っていて、それが大いに楽しませてくれる。ルーラの母・マリエッタは娘の恋人に言い寄ったり殺そうとしたりするイカれた人物で、顔に口紅を塗りたくって奇声を発したり、魔女のような先の尖った変な靴を履いている。いとこのデルは「黒いゴム手袋をしたエイリアンが捕まえに来る」強迫観念の持ち主らしいし、ジョニーはテレビの犬を見ながらなぜか自分がワンワン吠える。さらに主要人物に限らず、通行人は鶏のように首を前後に動かしてフンフン言いながら通り過ぎ、たまたま隣に座った中年オヤジはカエルのような声で話す。ラジオニュースによればインド人はヒンドゥー教徒が遺棄した死体を処理するためガンジス川にワニを放流したそうだ。誰も彼も頭がおかしくて、ここまでくるともはや個々の人物というより世界そのものが狂っている。

『ワイルド・アット・ハート』ディズニー映画のような ”良い魔女” 実際、ここはデタラメなB級映画の世界であり、狂ったギャグ漫画の世界なのだ。主人公が強盗をするとタイミングよくパトカーが通り掛かり手っ取り早く危機を演出してくれるし、撃たれた男が血まみれになって吹き飛ばされた自分の手首を探していると犬がその手首を咥えてトコトコ歩いていく。『用心棒』のパロディだろうか? おまけにセイラーが空想扱いし観客も常識に従ってそう解釈していた悪い魔女が実在してしまい、それはマリエッタだったというオチまでつく。良い魔女はディズニーアニメの作法を忠実に守って神秘的な音楽に乗り、ピンク色の光に包まれ、童話の挿絵のような扮装で現れる。そして勿論、道徳的にとても良いことを言うのだ。

 アクション、ラブストーリー、コメディ、ファンタジーなど様々なジャンルを渾然一体にした内容だが、それぞれの要素が何の恥ずかしげもなくストレートに表現されているのがいい。我々がこの映画のバカバカしさに思わず笑ってしまう時、実は普段それらのジャンル映画の数々を真剣に見ている自分自身をも笑っているのだ。我々観客はエロ・グロ・ナンセンスが大好きで、手が千切れたり、首がブッ飛ぶのを見るのが好きだし、単純なラブ・ストーリーには感動して涙を流し、ベッドシーンに興奮し、幼稚なファンタジーには夢と希望を見い出す。それが我々だ。だからこそこれほど映画とその観客をバカにした映画を見せられ、とびきり陳腐なハッピーエンドを突きつけられても、その突き抜けた陳腐さに爆笑しつつ、決して他人には口外できないが、実はちょっぴり感激していたりもするのだ。

『ワイルド・アット・ハート』悪い魔女は滅びセイラーとルーラが抱き合うハッピーエンド
 もしかしたらこの映画を見て腹を立てる人もいるかもしれない。が、怒ってはいけない。この映画は少し皮肉っぽくはあるかもしれないが、決して嫌味ではない。音や映像、編集に見られる繊細な演出と遊び心は作り手の映画への愛情を十二分に示している。作り手はそんな自分自身をも笑っているのだ。我々も大いにこの映画を楽しみ、自分自身を笑おうではないか。

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