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『ジキル博士とハイド氏 (1932)』優れた人物設定と多様な描写

監督:ルーベン・マムーリアン 脚本:パーシー・ヒース/サミュエル・ホッフェンシュタイン 出演:フレデリック・マーチ 1932年 アメリカ映画

ジキル博士とハイド氏(1932年) 公開時、もっとも注目され評価されたのは同一人物によるジキルとハイドの演技、特撮を使った変身描写などだったようだが、今日ではそれらが最も古びた要素になってしまっている。真正面からアップで捉えた懸命な顔の演技は少しコミカルに見え、特撮は陳腐で特に印象的なものではなくなっている。しかし、映画そのものが古びてしまったかというとそんなことはない。おそらく当時の人々がこの映画を称賛する時に最も目を引く特徴を真っ先に挙げていた、というだけのことだろう。この映画を真に魅力あるものにしているのは当時も今も表層の魅力をその奥で支えている優れた脚本と演出だ。
 また勿論、フレデリック・マーチの演技もいいし、特撮も当時の斬新さは失っても現代の観客を完全に白けさせるほど稚拙という訳でもない。

 まず、ジキルが家を出て会場につき講演を始めるまでが主観カットとして描かれる。彼の視線に合わせてカメラは目まぐるしく上下左右に振られ、他の登場人物たちがカメラ目線で挨拶をしてくる。ちょっと変わった手法だが、冒頭で観客の興味を引くには十分効果的だ。他にもオーバーラップや真正面からのアップの多用、変則的なワイプなど、描写は様々な工夫がなされている。効果的な試みもあれば、そうでないものもあるが、演出はとにかくアグレッシブで創造的だ。

ジキル博士とハイド氏(1932年) 屋敷の中から眺める窓の外の雨……イライラして手や足先を揺すっているジキル、そこに鍋が煮え立ち、音を立てて吹きこぼれる様子がカットバックされる。ここでも部屋から見る冷たい夜の雨の情感、鍋の擬人法的な表現が新鮮だ。そこからハイドへの変身シーンとなり、常に動き続け落ち着かなげだったカメラはついに急速に回転し始め、これまで登場した人々がその時の情景のまま想起され、次々にオーバーラップしてくる。描写面での一つの頂点だ。
 アイヴィーのブラブラ揺れる足はジキルに長々とオーバーラップされて彼の脳裏にこびりつき、ラニヨンが目の前で変身したジキルと対峙する場面では台詞も背景音楽もないまま30秒にも及ぶ静寂が緊張感を漲らせる。他にも壁に大写しになり揺れ動くハイドと彼を追う人々の影、走っていく彼らを格子越しに捉えたショットなど、個性的で面白い表現が続出する。

 シナリオにおいてもハイドとの落差を強調するために聖人君子に設定しがちだったジキルが現実に存在しうるリアルなキャラクターに刷新される。この映画のジキルは患者思いのよい医者であるとともに非常に短気で怒りっぽく、性欲旺盛な人間だ。婚約者の父に自分たちの結婚を早めるよう執拗に食い下がり、会ったばかりの女にはいとも簡単に誘惑され、ラニヨンに咎められると開き直る。非常に人間臭く存在感のあるジキルだ。彼がハイドになる目的は高邁な科学的精神から逸脱し、自らの欲望を遂げることに変質してしまう。こうしてジキルはよりリアルで実感の伴った動機を獲得して、白々しい架空の存在であることをやめ、物語の主人公に相応しい興味深い人物となる。その後の展開を観客は注視せざるを得ないだろう。見事な脚本だ。

ジキル博士とハイド氏(1932年) 彼以外の登場人物たちもまた、物語上の役割に甘んじてはいない。ハイドは獣のように凶暴で嗜虐的でありながらジキルの記憶と知性を備えて賢く行動し、カルー将軍は単なる堅物ではなく、性急すぎるジキルの性格を憂慮していたことが判明する。なんと賢明な判断だったことか。ラニヨンはジキルの使いを自称する奇妙な男を決して信用せず、一瞬も目を離すことなく緊張して拳銃を向け続ける。どの人物も皆、それぞれの考えを持ち、自らの意志で行動する生きた人間だ。

 虚構の中に、しかし本物の感情を備えた実在感溢れる人々が生きていて、それぞれが互いに拮抗し展開していく脚本、様々な手法を試みながら魅力溢れる描写を作り出していく演出。この『ジキル博士とハイド氏』は、これまでに映画化された数々の『ジキル博士とハイド氏』の中でも、おそらく最上の作品だ。




※ この映画の発表年は資料によって1932年とするものと1931年とするものが混在している。一般的には1932年とされているようだが、ニューヨークでのプレミア上映が1931年12月31日だったことから1931年とするものもあるようだ。

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