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『ローズマリーの赤ちゃん』コミカルで怖ろしい恐怖映画

監督 ロマン・ポランスキー 1968年 アメリカ映画

『ローズマリーの赤ちゃん』お洒落なタイトル 一人の女性が日常生活の中で徐々にサタニストたちに包囲されていき、悪魔の子を身籠らされる──という非常に怖い映画なのだが、なぜかホラーらしからぬ、おしゃれで楽しいコメディ映画のような要素も紛れ込んでいたりする。

 ニューヨークの街とダコタ・ハウスを捉えた映像、崩した筆記体のクレジット、ミア・ファローのスキャットなどで構成されたオープニングは、洒落た恋愛映画のような雰囲気だ。ミア・ファローやジョン・カサベテスのファッションが1960年代後半という時代の雰囲気を濃密に漂わせている。
 いつも目がチカチカしそうなケバケバしい扮装でおせっかいを焼く隣人のミニー・カスタベットは、万国共通の類型のようで、日本人からするとヒョウ柄の服を着た ”大阪のオバちゃん” のステレオタイプそっくりそのままだ。京都の人が「ぶぶ漬けでもどうどすか?」と言うのにこれほど適したシチュエーションもないだろう。一言も台詞がないのにいかにもウンザリして見えるミア・ファローの演技がいい。
 それにしてもミニーはあまりにも頻繁にやって来すぎだし、作為も丸出し過ぎるだろう。この描写では本来の狙いであるはずの不気味さと不快感も確かに掻き立てられるのだが、同時にちょっとおかしくて笑ってしまう。
『ローズマリーの赤ちゃん』お節介な隣人・ミニー・カスタベット ガイの出ているコマーシャルでは、ヤマハがレースで1位から7位までを独占する様子が映され、ラストの悪魔崇拝者の集会には黄色人種の男がいる。黒縁メガネを掛け、意味不明な笑みを浮かべ、カメラで終始パチパチと写真を撮っている。どう見ても戯画化された日本人で、しかもヤマハの人間だろう。なぜ恐怖映画に、しかもよりにもよってそのクライマックスに、こんな笑える場面を挿入したのだろう? 実に不思議な感性だ。ヤマハ=悪魔崇拝者の一味というイメージになってしまうが、この映画を見てヤマハの人は怒らなかったのだろうか? 

 いや、それらの要素もこの映画の魅力の一部だが、『ローズマリーの赤ちゃん』はまず何より、ホラー映画であり、優れたサスペンスでもあり、更にそれらのジャンルに収まりきらない映画らしい魅力を持った映画なのだ。

 最初の10分程で若い夫婦のアパートの下見から実際にそこに住み始めるまでが手際よく描かれていく。その経緯の説明や繋ぎのショットが一切ない。簡潔な編集がテンポよく物語を展開させていき、その中で、前居住者の走り書き、アパートに纏わる不吉な噂、隣室から漏れ聞こえる不気味な音声などがすでに不穏な空気を醸し出してもいる。その後も彼らの現状と奇妙に符合する話し声、知り合ったばかりの隣人の突然の死など、一見平板な日常描写の中に違和感や疑惑を生み出し、全編に渡って緊張感を持続させていく。決して観客を退屈させることのない優れたサスペンス映画だ。
 物語の進展に伴って本当にやつれていくミア・ファローの演技、優れた楽曲であるより、より効果的な映画音楽であることに徹した背景音楽なども大きな魅力となっている。

『ローズマリーの赤ちゃん』ニューヨークの街を歩くローズマリー 描写は常に快・不快の間で振れ続ける。ローズマリーの見る幻影と現実の音声とが同一ショット内で混交され、望んでいた喜ばしいはずの子作りはおぞましい悪夢に変質する。レコードから流れる優雅な音楽は隣人の不快な呼鈴の音に遮られ、ハッチの不幸がクリスマスの華やいだ街と楽しげな音楽の中で知らされる。──全ての描写がアンビバレントな情動に引き裂かれていて、観客は不安定で落ち着かない心理状態に置かれ続ける。
 その、現実とも妄想ともつかない状況の不確かさ、どちらにも定着することなく揺れ動き続ける不安感は徐々に蓄積され、高まっていき、ついには極めて恐ろしいバッドエンドであり、同時に異様なハッピーエンドでもあるラストシークエンスで最大振幅に達する。絶望的だが喜ばしく、恐ろしいが安らかでもある……その映画表現がもたらす感動は言葉では名指すことが出来ない種類のものだ。

 『リング』で最後に貞子が登場したようにここでローズマリーの赤ちゃんが出てきてもよかったかもしれない。いや、ホラーの定石なら当然そうあるべきところだ。しかし、抑制された表現で不気味さや違和感を醸成しながら、『ローズマリーの赤ちゃん』はその情動をはっきりとした恐怖や驚愕に昇華して解放するということがついにない。
『ローズマリーの赤ちゃん』カメラが大好きでいつも笑顔の日本人 しかし、そのことによって矛盾を抱え込んだままの個々の描写は一義的な恐怖を演出する単なる段取りであることをやめ、より多様性を備えた ”表現” となり、その集積としての作品はホラーやサスペンスというジャンルに収まり切らない魅力ある映画となったのだ。
 一度限りの強烈なインパクトを持たない代わりに、決して陳腐化することのない永続的な生命を獲得した───そしてそこに場違いな笑いを紛れ込ませた───個性的で優れたホラー映画だ。

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