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『吸血鬼』(1967) 曖昧なリアリズム

監督 ロマン・ポランスキー 出演 シャロン・テート 1967年 アメリカ・イギリス

『吸血鬼』(1967) 舞踏会。鏡に映らない吸血鬼たち ホラーでありコメディでもある映画。オーソドックスな吸血鬼映画の筋や設定をそのままなぞりつつも、中身はドタバタコメディだ。
 面白い描写があり、コメディ部分もそれなり楽しいのだが、作品としては平凡な出来に留まっているように見える。描写はリアリズムにもロマンティシズムにも振り切れないまま、作品の性質はシリアスとコメディの間を彷徨い続ける。

 手書きの文字や血とコウモリのアニメーションでできたタイトルクレジットから急速に遠ざかる遠景とその手前を走る馬車になるオープニングシーンは遊び心があって楽しい。カメラが少し引くとタイトルバックが月面であったことが分かり、その前をアニメーションのコウモリが飛び、急速にズームアウトしていくと、夜の雪原が現れる。その後も屋内から眺められる月夜の風景など、実景と絵でできた作品世界は、現実とは異なる質感を持っていてとても魅力的だ。

『吸血鬼』(1967) 窓から見る月夜の風景 しかし、大方の描写はリアリティの水準がどうにも中途半端で、教授がカチンコチンに凍ったり、間違って頭を叩かれて伸びてしまったり、ゲイの吸血鬼に追い回される助手など、それなりに楽しめはするのだが、演技は大げさだし、演出はいかにもリアリティがない。この映画の作り手はコメディを少し誤解していないだろうか? 登場人物が失敗するにしてもその当人はあくまで真剣であってくれないと観客は笑うことも泣くこともできないし、出来事がいくら滑稽でもその描写にリアリティがなければ、やはり少し白けてしまう。
 もしくは、メリエスの『月世界旅行』や大林の『HOUSE』などのように、あからさまな虚構の世界に振り切れていてくれていたら、どれほど魅力的だっただろう。オープニングシーンや時折現れる作り物の風景などがそうであるように。
 全編を通してシリアスなシーンは緊張感がなく、コミカルなシーンはそれほど笑えない。終始、描写が適正なレベルを探してさまよっているような感触だ。結局そのままラストを迎えてしまう。勿論、対照描写がその効果を発揮するような機会は一度も巡ってこない。

『吸血鬼』(1967) 美しい空と造形の面白い城 吸血鬼たちの舞踏会や特に城の中を教授たちが走り回るシーンなどはとても面白い。二人は城の中を何度も歩き回り、逃げ回る。それによって城の外観と部屋や廊下などが様々な角度から捉えられ、白い雪の積もった塀の高さ、部屋の内装やその意匠、暗い地下など。城はどんな登場人物にもましてその視覚的な魅力を余すことなく描写されていく。いやもう一つ、描写は少ないながらも、サラを演じたシャロン・テートの美しさはそれに匹敵するかもしれない。作品そのものの出来は平凡だが、細部には面白さがある映画だ。

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