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『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』認識論的魅力に満ちた傑作アニメーション映画

監督 押井 守 1984年

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 不思議な小路で迷うしのぶ
 不思議な小路で道に迷うしのぶ。
 回り込む背景も含め画面全体が手書きアニメーションで構成され
 ている。物語への貢献より描写の美しさが優った場面
 大衆的な娯楽映画から少しはみ出してみせたアニメ映画。エンターテイメントの枠を内側から押し広げたと言ってもいいかもしれない。いずれにせよエンターテイメントと作家性のバランスがとてもいい。マニアックな作品の多い押井守監督作としては異例なほどだ。『ビューティフルドリーマー』は漫画『うる星やつら』の映画を期待した観客も1本の独立した映画として見る観客も等しく楽しめる。そして考えさせられる映画でもある。

 延々と続く文化祭前日のお祭り騒ぎや物資に満たされたサバイバル生活など、まるでユートピアのようでとても楽しい。端的に『うる星やつら』の本質を取り出してみせたような設定で、多彩で魅力的なキャラクターもそのまま、ラムとあたるの追いかけっこも相変わらずだ。これらは誰もが安心して楽しめるし、序盤で作品世界の法則を初見の観客にも紹介してくれている。
 しかしその世界の中で物語が展開するわけではない。実はこういった部分は準備であって、そうして成立させた世界そのものを転倒させていくのがこの映画のもっとも面白いところだ。
 多くの映画は人間の心理や関係の変化が物語となり、作品世界はその舞台に過ぎない。序盤で作品世界の構築が終わるとそれは後景に退いていき観客の意識の対象ではなくなるのが普通だ。
 しかしこの映画では世界そのものが前景化する。それは現実の中にあるほんのちょっとした非現実感から始まり、徐々に現実と虚構がその場所を入れ替えていく。以前同じことがあったような気がするのに思い出せない奇妙な既視感、常に騒がしかったような気のする街角が深夜ふと静まり返った時の非日常感など、我々観客も感じたことのあるような小さな違和感から徐々に世界が変容していく。その過程には独特の快感がある。
『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 面堂の足元から水が広がっていく場面
面堂の足元から水が同心円状に広がっていく。水の輪郭は手書き
動画、水面は青空の静止画が合成され美しいイメージを作る
 しのぶが風鈴の往来する小路で迷い、あたるのように見える男が木造アパートの一室からそれを見ている場面、面堂の足元から水たまりが青空を映して徐々に大きく広がっていく場面など、そのイメージも魅力的だ。これらのシーンはとりわけ論理的な構造を持った物語の中に置かれることで更に魅力を増している。木造アパートの場面はアニメーション映画でオプチカル合成が最も効果的に使われた例の一つだろう。

 彼らの現実は徐々に虚構であることを明らかにしていき、現実は虚構に、虚構は現実に速度を増しながら次々と入れ替わっていく。
 毎日記憶を巻き戻され文化祭前日を延々と繰り返す世界から衣食住を保証されたサバイバルの日々へ。そしてその夢の世界がついに破壊され、あたるが目を覚ますと観客にも見覚えのある文化祭前日深夜のシーンに戻る。現実に戻ったあたるが言う。「しかし、怖ろしく現実味のある夢だったなぁ…」 しかし夢を夢として終わらせて物語を展開し、観客を安心させるような映画ではない。その現実もすぐに虚構であることが暴露され、あたるはそこから次々と別の現実に放り込まれていく。この世界の現実は言わば底が壊れていて虚構化は留まることを知らない。その疾走感も快い。

 その中で観客から見るあたるのキャラクターの変容も面白い。おそらくそんなはずはないのだが道に迷ったしのぶを眺めている人物があたるのように見えたり、深夜の学校で合わせ鏡のようにあたるが無数の自分と出会ったり、観客があたるだと思って見ているとそれが別人のなりすましであったり。また終盤、あたるが次々と新たな世界に放り込まれていくとそれに合わせて彼の設定、キャラクターも変わっていく。自我と世界の関係を写し取っているかのようだ。世界の違いがキャラクターの違いとしても表れてくるのを、別の存在としてでなく同一キャラクターの変容として感じられることが、すでに感情移入している観客にとって実にスリリングだ。

『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』 道に迷ったしのぶをあたるのように見える人物が眺めている場面
 窓の外がズームアウト、室内が実写のトラックバックに擬した
 撮影。二つの異なる効果が作り出す不思議な映像。ここでも物
 語に不要な描写であることがこの場面をより魅力的にしている。
 現実に対してふと感じる非現実感、その世界の内側にいる限り実は変わらぬ現実と虚構の価値、自己と自己・自己と環境の関係でしかないような「私」の不確かな存在、これらを無意識に感じている観客にとってこの虚構だらけの映画は、現実とよく似た世界でのロマンスや宇宙空間で行われる戦争よりずっと切実で現実的であり、自分や世界に対する認識を揺さぶられる。

 『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は一般的な意味で言う娯楽性や原作の枠組みからは少しはみ出しているかもしれない。しかし作中で言及される「胡蝶の夢」や「浦島説話」のように古代から人をひきつけてきた一種元型的な魅力を備えている。その意味では何も奇を衒ったり捻くれたところはない。なによりもまずは映画なのだから映画としてとても面白いということが一番だ。

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