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『まごころ』人と視点の移動

監督/脚本:成瀬巳喜男 出演:入江たか子・加藤照子・悦ちゃん 1939年

『まごころ』1939年 成瀬巳喜男:加藤照子演じる富子 人の移動を描いた映画だ。常に動き続ける人と視点とがこの映画の大きな魅力になっている。

 冒頭から「大日本愛國婦人會」の人々がゾロゾロと列をなして移動していく。カメラがその中の婦人二人を追う。と、橋の上で彼女たちが女の子二人組と行き交う。すると今度は女の子たちを追って視点は逆向きに移動していく。もう、人やカメラの動きに快感が伴っている。村瀬幸子演じる浅田夫人が通りを歩き銀行に入ると、壁に隔てられて見えないはずの夫人に付けてカメラがパンし、中では浅田が着物姿で刀を振り、鞘に収める。成瀬の映画にしてはやけにカッコいい男だ。

 『まごころ』における成瀬の演出は人の移動と動きに傾注していて、まるでささやかで繊細な活劇映画のようだ。ノブコとトミコは校庭を駆け、平均台に何度も位置を変えて座り直し、カメラはコロコロと視点を変える。ノブコは母の上で跳ね、トミコは母と祖母で力加減を変えてそれぞれの肩を叩き、団扇で半分顔を隠す。これらの動きとともに、この映画はとにかく人の移動する描写が多い。トミコが浅田から送られた人形をもらっていいかお婆ちゃんに訪ねに行く道程や、ノブコが人形をトミコに返すために橋を渡っていったりと、物語上特に必要でもない移動シーンが丁寧に描かれて頻出し、そのどれもが視覚的魅力に富んでいる。
 物語としては事件は常に現場で起こっているのだから当然その現場の方を早く描きたいはずなのだが、この映画ではそこに至るまでの、そしてそこから後の過程こそがより重視される。

『まごころ』1939年 成瀬巳喜男:大日本愛國婦人會の人々 そして、列を成す婦人たちから始まった移動描写は、トミコが家と川を何度も往復するシーンにおいてクライマックスに達する。前シーンで子供には重すぎ、かつ今ひとつ理解しきれないような深刻な展開を迎えた直後に突如、それとは相反する楽しげな背景音楽が情感を一変させ、その音楽に乗って彼女は軽快に川に遊びにゆく。野原を通り、畦道を駆け足で通り過ぎ、橋を渡り、土手を下って、ようやく川に行く。実に詳細な描写だ。そして更に同じ道を帰り、母を連れて再度川へ行き、その上でまた二人で同じ道を戻っていく描写まである。この一連のシーンは明らかに詳細過ぎるのだが決して観客を退屈させない。まず、前シーンと全く異なる情感を盛り上げ、行ったり来たりする度に必ず異なる心理を持たせ、トミコ、トミコと母、トミコを母がおぶって、と視覚的な変化があり、同じ道をその都度異なる角度から様々に映し出す。退屈するなどとんでもない、素晴らしく充実した時間を作り出しているのだ。動き続け変化し続ける人と、それとは対照的に決して動くことも変わることもなく常にそこに佇んでいる木々や橋が美しい。

 終盤ではそれぞれの母がついに往来で行き合い、ノブコが痛む足を引き摺りながら橋を渡っていく。そして最後にこの映画がここまで描き続けてきた動きと移動を象徴するような機関車の迫力ある画で映画は終わる。『まごころ』は人間を動き続け変わり続ける過程として捉えた個性的で魅力あふれる映画だ。

『まごころ』1939年 成瀬巳喜男:富子が家と川を何度も往復する場面

 健気なトミコをはじめキャラクターたちも大いに魅力的だ。ただ、物語はそれが欠点というほどでもないが、ありきたりで他愛ない。捻くれ者として描かれ続けたノブコの母が最後にきて急に素直になってハッピーエンドというのもちょっと陳腐だし、わざとらしい出征の扱いは内務省の映画検閲官への皮肉なのか、もしくは逆にストレートな配慮なのか、突然場違いな情感を醸し出す。
 しかしそれらはさほど重要なことではないだろう。個々の描写とその構成の美しさを前にそんなことは枝葉末節に過ぎないのだから。




 しかし話は変わるが、共産主義のプロパガンダ映画でありながら優れた作品を残したエイゼンシュテインや映画の心理的な効果を正しく理解し活用したナチスなどと異なり、第二次大戦時の日本の映画制作者には軍国主義者がおらず、政治家や軍人に映画を理解する人もいなかったらしい。この映画もそうだが、黒澤明の『姿三四郎』では三四郎の師・矢野正五郎が教条主義的な面を付与されてしまったり、山本嘉次郎の『ハワイ・マレー沖海戦』でも劇的構成を無視して登場人物たちと何の関係もないマレー沖海戦を後半ねじ込んでいたりと、日本では映画が思想の武器として利用されたというより、検閲官をはじめとする国家公務員たちがただひたすら映画の出来を落として回っていただけのように見える。おそらく誰も得することはなかったろう。国の中枢にいる政治家や軍人に映画に対する見識がないというのは悲しいことだ。"映画がそれ以外のものに効果的に利用されることがなかった" という点だけはよかったのかもしれないが……。現代の偉い人達の映画に対する見識はどんなものなのだろう?

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