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『一番美しく』決して出来はよくないが正直で初々しい作品

脚本/監督:黒澤明 出演:矢口陽子・入江たか子 1944年

 矢口陽子演じる渡辺ツルが踏切で自分のミスに気づく瞬間や、調整途中のレンズを横に置いたまま新しいレンズの調整に入ってしまう様子がフラッシュ・バックで挿入される。陳腐ではあっても分かり易い表現で、ストーリーが誰にも誤解の余地のない明瞭さで観客に伝えられる。どうやら黒澤としては前作『姿三四郎』に引き続き、老若男女を対象とした娯楽映画のつもりだったらしい。結果として大方の観客にとってはつまらない映画ができてしまったようだが…。

『一番美しく』フレーム一杯に人間を詰め込む描写 企画自体は非常にうまくて、我を忘れて懸命に何事かに打ち込む人間の美しさを、軍需工場で働く少女たちという形で表現しようとする。当時の情勢にピッタリと嵌っていて、これなら検閲に引っかかることもなく、それどころか軍部の積極的な協力だって引き出せそうな内容だ。
 ところが、その野心的な着想があまりうまく具現化されていない。この映画ではすべての人があまりにも生真面目で、少女たちは増産に不満を漏らすどころか、男子に比べて自分たちの増産割合が低いことに怒り、体調不良を隠して働き、母の訃報に悲しみながらも一心不乱に仕事に打ち込もうとする。勿論、自分の給料を増やすためではない。お国のため本心からの滅私奉公なのだ。確かにその純粋さや一途さは清々しく美しくもある。利己的であることが当然のような現代人からすれば尚更だ。ただ残念なことに、敵側からの視点を完全に排除した狭量な世界観や不真面目さを一切持たない極端な人物造形などが不自然すぎて、これではほとんどの観客が感情移入できないだろう。

 黒澤はデビュー作『姿三四郎』で他人の書いた小説を見事な技巧によって映画化した後、ここでは技巧を捨て、自分自身のモチーフを表現することに挑戦した訳だが、いきなり壁にぶつかってしまったようだ。
 兵士の命に関わる重大な使命が主人公たちの動機として設定され、理想化され不真面目さを一切持たない人々がその任務に邁進し、楽しいはずのバレーボールまで生産計画を全うするための手段と位置づけられる。あまりにも必死すぎる。渡辺ツルをはじめとした登場人物たちのことではない。作り手が、だ。人の懸命さを描きたいがために、全ての描写がそれを伝えるための手段と化している。これでは表現というより、単なる伝達だ。余裕がなく遊び心もなく、直接的過ぎる。映画のあらゆる構成要素が隙なく作り手の目的に適っている、というのは凄いことなのかもしれないが、その強引さによって作品は大きく損なわれている。緊張をユーモアによって緩和したり、婉曲的・比喩的な表現で観客自身に想像させるといった、後年の黒澤映画がごく自然に備えている自由さがここには全く存在していない。

『一番美しく』矢口陽子演じる渡辺ツル もちろん、フレームいっぱいに詰め込まれた少女たちの描写、いきなり拡声器のアップと所長の訓示で始まる導入など、面白い部分も沢山ある。何度もシチュエーションを変えて歌われる「元寇」、山崎さんが松葉杖をついて帰ってくる場面での迫力ある列車のショット、視覚的には十分魅力的に捉えられている入江たか子と矢口陽子などなど。

 新人離れした流麗な処女作の後で、『一番美しく』は黒澤がいかにも新人監督らしいところを見せた、正直で初々しい映画だ。

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