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『マイノリティ・リポート』 多様な要素の折衷

監督 スティーブン・スピルバーグ 2002年 アメリカ映画

 彩度を落としコントラストを強めた映像が印象的。プリコグの見るビジョン、雑誌や壁面、窓の反射など至る所に映し出される映像、過去の立体メモリー、スクリーンに映る映画…そしてそれらを見る目、眼球など、様々な見られるものと見るものが頻出するのも興味深い。ただ、それらは映画の内容との意味的な連関はあまりない。
 この映画の見どころはSF的な世界でのアクションやサスペンスなどだろう。その中でトム・クルーズ演じる主人公も大活躍する。ヒッチコックを早送りにしたような映画だ。終盤のストーリー展開はかなり詰め込まれていて多少おざなりだが、最後まで退屈せずに見られる。ただ、それ以上のものはない。まあ、なくてもいいのだが。

マイノリティ・リポート 作品世界の細部の描写は緻密だ。それがあまり作品の魅力に繋がっていないのは、内容に組み込まれておらず、単なる舞台の提供に留まっているせいだろう。他にもカットの繋ぎや回想シーンの挿入などもとても自然で、素晴らしい技巧なのになぜか作品の印象は平凡だ。
 やたら目玉や投影された映像が出てきて、内容的にも必要な描写であったりもするが、作劇上の役割以上のものは少しも表現してくれない。
 アクションもサスペンスもあり、ユーモアもある。予知された未来に対し、「あなたは選択できる」というアガサ。それを証明するアンダートン。こうして安直だが肯定される自由意志。ラストもハッピーだ。楽しめる。ただすべてが平均的に見えるだけだ。

 この映画は原作の多くの要素を無視してサスペンスやアクション要素の強いシナリオに書き換えられている。『ブレードランナー』と同じ原作者で改変具合もよく似ている。ところが出来上がった映画の質の違いは誰の目にも明らかだ。『マイノリティ・リポート』はシナリオで読むのも映画を見るのも基本的に同じ、SF的な仕掛けやアクション、ミステリーなどの面白さを狙った娯楽映画だ。『ブレードランナー』の場合、シナリオを見て出来上がった映画を想像できる人はいないだろう。筋立ては失敗したアクション映画のようにも見える。デッカードは主人公なのに内的な行動原理を持たず、ただ職務としての行動をするだけ。しかも活躍しない。『マイノリティ・リポート』のアンダートンは主人公らしく観客が感情移入できるような動機を持ち、活躍もする。こちらの方が余程よくできているようでもある。それがどうだろう? 出来上がった映画では『ブレードランナー』はその独特の世界観が圧倒的だ。それに対し『マイノリティ・リポート』はただのよくできたプログラム・ピクチャーのように見える。その違いは主人公に活躍の場を提供するための単なる舞台と、主人公もその一要素として世界観の醸成に至るほどに濃密な作品世界の描写の違いだ。

マイノリティ・リポート 『マイノリティ・リポート』は結局のところ多様な魅力を導入しようとして全ての要素を中途半端にしてしまったのだろう。世界を見せるならトム・クルーズの活躍や複雑なプロットは邪魔だし、サスペンスには絶体絶命の危機を独力で切り抜ける主人公やSF的な世界観が邪魔だ。ミステリー要素であるアガサのマイノリティ・リポートのトリックはSFの魅力を殺しているし、未来を知ることのパラドックスを描かず、純粋に推理物のような謎解きをするならSF要素はいらない。これら多様な性質の中に家族愛や自由意志、人権などの要素までねじ込んでいる。
 すべての要素のバランスをとった脚本は見事なのかもしれない。ただ残念なことにすべてを平凡にしてしまったようだ。

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