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『時計じかけのオレンジ』 観客を挑発しているのではない

監督 スタンリー・キューブリック 1971年 アメリカ映画

 単純明快なストーリー、倫理観を無視した表現、無神論的な人物描写などがこの映画の特徴だ。いや、過剰な色彩や社会と人間に対する風刺を先に挙げるべきだろうか? ストーリーの特徴も単純明快さより皮肉な展開を言うべきか? ともかく様々な点において特徴的で、色んな意味で際立つ映画だ。見所は沢山ある。

 ストーリーの骨格は4コマ漫画にもできそうなほど単純だ。凶暴な若者アレックスが矯正されて意志の自由を奪われると同時に対外的には人畜無害な人間に改造されるが、最後に再矯正を受けて元に戻る。これだけだ。物語のアイデアそのものに既に魅力があるのがはっきり分る。たったこれだけの物語の骨格に主人公にとってのハッピーエンドと社会にとってのバッドエンドという両義性があり、自由意志や人間機械論のような論点もすでに見えている。もうこれだけで面白い。優れたストーリーだ。

時計じかけのオレンジ アレックスやその仲間たちの行動は動物的な欲望丸出しで、ホームレスを虐待したり、他人の家に押し入って男性は殴り、女性は強姦する。やりたい放題だ。描写も過激でそれらの行為が真正面から描かれる。嫌悪感を覚えてそれだけでこの映画を嫌う観客も多いだろう。せっかくなので嫌悪感は少し横に置いておいて見た方がいい。たまには映画に夢と希望でなく現実を見るのも面白いかもしれない。こういった欲望は動物である我々観客自身の中にも間違いなく存在していて、理性も倫理観も未成熟な10代の少年が本能のまま暴走するなどありふれたことだ。若い彼らには他人の痛みなど分からないし、大人など全員敵みたいなものだ。彼らの言動は社会の様々な抑圧から解放されていてとても痛快ではないか。
 アレックスが家庭や先生の前ではおとなしいのも面白い。どうやら彼はありふれた若者のようだ。被害者からすると到底人間とは思えないような存在が、案外平凡で人間的な面を備えている。刑務所でも凶悪な面は隠して殊勝な態度でうまくやっている。倫理観はなくても知性はあるのだ。
 彼はありがちな仲間割れで一人だけ捕まって刑務所送りになり、やがて矯正される。矯正の設定は彼の人格を変えてしまうような洗脳でなく、暴力行為や性行為への衝動に激しい苦痛を付与するというものだ。彼は自分の意志とは関わりなくそれらの行為を禁じられる。

 面白いのは教戒師が観客にも明確に正しいと思われる主張をすることだ。彼は「選択」がないと言う。自らの意志で善悪を選択することができないのでは、確かに善悪以前に人間とは呼べない存在だ。この映画のテーマとも受け取られそうな自由意志の問題を登場人物に語らせてしまうのである。実際に自由意志を作品のテーマとして力点を置き、登場人物にそれを語らせたら陳腐な凡作になり下がったことだろうし、賢明な監督ならそのテーマはうまく隠して観客に感じ取らせただろう。
 しかし、この映画はいずれとも違う。それを語らせた上で素通りしてしまうのだ。内務大臣は高尚な倫理的問題は別だ、我々の目的は犯罪抑止だと言う。これも社会の側からすれば当然だ。我々善良な市民はこんなクズがどうなろうと我々自身の安全を望む。アレックスの人間性の欠片もない残虐行為を目撃した観客にはこちらの方が説得力を持つのではないか? 映画がテーマを語る必要などないだろう。

 矯正後の彼はかつて虐待したホームレスや元の仲間、作家などに偶然にも次々と再会し、次々にやり返される。可笑しくて皮肉な展開だ。とんでもない暴力描写のあるコメディ映画である。作家をバカにした描写、再矯正に至る流れ、政治や社会に対する風刺も楽しい。「雨に唄えば」を再び聞いた作家のあんぐりを絵に描いたような顔、復讐するときのウキウキしている様子など笑ってしまう。ところでアレックスの母親は常にコスプレでもしているのだろうか?
 最終的には再矯正されてアレックスは幸せそうだし、倫理的にも正しそうだが? 質の悪い冗談のような映画だ。

時計じかけのオレンジ この映画の視線は客観的だ。もちろんそうでないと風刺にならないだろうが。ただ、ジャーナリズムや社会などに対する皮肉というだけでなく、人間それ自体に対する見方が客観的だ。暴力的な若者の描写は過激に見えるが、実は通常の映画のような婉曲的な表現でなく、そこで行われる行為をそのまま映しているだけのことだ。現実の世界にはありふれている。そして観客がそれを醜いと感じたり、痛快と感じたりするのも自然なことだ。簡単に制御されてしまう人格も実際そんなものだろう。睡眠薬を飲めば眠くなるものだ。被害者の復讐感情も、善良になったアレックスが虐められるのも当然なら、そのアレックスがかわいそうに見える観客がいても別に驚くことではない。最後に救われたアレックスが喜ぶのも同様だ。彼も若い頃にちょっと羽目を外しすぎたが今は真面目に働いている社会人と本質的には何も変わらない。すべてそうなるべくしてそうなっているだけのことだ。この映画のどこを探しても倫理など存在する余地はない。この映画の人間観察には全く容赦がない。

 色々と考えさせられる要素も多いし、その中には観客の倫理観に反する部分もあるかもしれない。映画はテーマを語るものだ、感情移入できなければいけない、倫理的でなければ…等々、我々観客が映画に持ちやすい先入観に理解を妨げられる面もありそうだ。
 しかし、『時計じかけのオレンジ』を形容するならただシンプルに面白い映画と言うべきではないか?

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