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『一人息子』 完成しつつあるスタイルと取り残された編集

監督 小津安二郎 1936年

 1936年の作品。様々な出来事が描かれつつ物語としての展開がないという、一般的な意味で言う特殊さと小津の特徴がとてもよく出ている映画だ。そして最後に醸し出される時の流れも。

一人息子 冒頭、製糸工場で働くおつねが貧しく苦しい生活の中、将来のために息子良助の中学進学を許し、良助と先生が喜ぶという場面から映画は始まる。
 しかしこの映画の構成は変則的だ。冒頭で登場人物の動機を描いた後、彼らの努力の過程をとばして、いきなりその無残な結果を見せてしまう。長い年月の努力の末、彼らが皆、今も変わらず貧しいままである現実が描かれる。物語の起承転結で言えば、起と結だけがある状態だ。物語としてはもう何もすることがないではないか。しかし、結末を提示しても、その結果を延々と描写し続けて映画は終わる気配がない。物語を早々に消化した後も人々の描写を継続することで、彼らの言動は物語の展開のためではなくなり、描写のための描写となっている。彼らの人生の一過程を覗き見ているようなものだ。確かに人生が劇映画のように整った一つの起承転結で収まることはないだろう。しかしそれを映画で見せられるというのは奇妙な体験だ。この効果として、登場人物たちの実在感は著しく高まっている。よく映画を見ていると映画と同時に物語が終わることで価値を失い存在をやめてしまいそうな人物を見かけるが、この映画はその対極にある。時間は止まることなく流れ続け、映画の中で人々が物語の終わった後も生き続けたように、観客は映画が終わっても彼らが生き続けているように感じるだろう。

 物語から自由になった後も我々の生きる現実世界と同じように様々な出来事が起こり、その様子が描かれていく。その中で良助とおつねの現状についての対話が描かれる。現状を結果とする良助とそれを肯ぜないおつね。良助は「やれるだけのことはやった」と常に過去形で語り、「しょうがない」を連発する。おつねは「そう諦めてしまうことねえ」「そうしょうがねえと決めちゃうこたねえ」と反論する。彼女にとって現状は決して結果ではなく過程なのだ。この対立には作品の構造がそのまま反映されている。ここまで描かれてきたのは確かに物語にとっての結果であり、描写としての過程だった。
 その後、隣家の子供が怪我をするという事件が設定されていて、それによっておつねは良助を肯定する視点を取り戻し、良助も母が帰った後にもう一度勉強すると言い出す。おつねとの葛藤を経て、認識を改めた訳だ。ここで構成のみならず描かれる内実においても結果は否定され過程に変容する。作品の内容と構造が同期し、ダメ押しで確認しているようだ。

一人息子 様々な出来事があり、その都度何かが変わってきたようでいて、実は物語は1歩も歩みを進めていない。人も状況も変わらず、冒頭の不幸の中に僅かな希望がある状態は末尾でも形を変えて繰り返され、人々は今も昔と同じように貧しく、同じように未来への希望を持って生きている。ラストでもおつねは相変わらず製糸工場で働いている。ただ一つ違うのは悲しい嘘をつかねばならなくなっていることだ。人々は一周してよく似た場所に戻ってきたが、変化したものだけは際立っている。そこに浮かび上がってくるのは時の経過だ。

  『一人息子』はあまり楽しい映画ではない。悲劇としてもカタルシスを伴うことなく、美しいがやるせない。小津の作品群の中ではあまり目立たない作品かもしれない。しかし小津の特徴のいくつかがよく出ている。方向性を無視した切り返しや位置のずれた主観カットなどの特殊なカット繋ぎ、それと相反して厳格な美意識で統一された静止画のような個々のカット。不要なカットで作り出す反物語的な余韻、作劇の否定、それら一貫したスタイルによる美しさや時間の流れに対する感慨。特に作劇を回避し、冒頭と末尾を繰り返す作品構造とそれが醸成する時間の流れは特徴的だ。それらの動機と目的は小津個人の中にあるはずだが、そこに伝統的な日本の美意識が見出されるのもまた確かだ。

 ただ、字幕による年度表示やフェードアウトで映画の流れを分断してしまうなど、時の流れをもっとも表現するはずの編集技術に弱点が見られる。この時の小津はまだ編集に対してはそれほど自覚的ではなかったようだ。

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