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『赤西蠣太』 洗練された技巧

監督 伊丹万作 1936年

 日本映画の傑作だが、欠落している部分があり、保存状態もあまりよくない。ソフト化はVHS、LDのみのようだ。随分と不当な扱いのようにも思われるが、商品として成立しないのだろう。我々観客の鑑賞眼や文化に対する態度にも問題があるのかもしれない。しかしそうは言ってもフィルムは当然劣化していくだろうし、現在の保存状況が気になってしまう。文化庁は何かしているんだろうか?

赤西蠣太 映画は冒頭、2人の武士が主人公の噂話をし、彼らが覗き見る形で主人公赤西が登場する。スムーズな導入で観客の興味は自然と主人公に誘導される。ショパンで始まる音楽の使い方、雨の中、傘を差して歩く2人の人物を真上から捉えるカットなど、その独特のセンスも新鮮だ。雨傘のカットは『シェルブールの雨傘』より30年近く早い。
 猫のたらい回しや松前が使いに酒を飲ませて用を言いつける部分など多少繰り返しがくどい部分はあるが、コミカルなシーンが多く楽しい映画だ。その一方でおしゃべりな安甲の場面を観客が楽しんでいるとおしゃべり故に彼が殺され、決して笑い事ではない赤西や青鮫の使命の深刻さを観客に思い出させる。
 導入部などもそうだが、我々観客の心理を的確に把握し、誘導していくシナリオが見事だ。

 全体としての完成度も極めて高い。カットの繋ぎなどに見られる明確な狙いを持った処理、異なる演技形式の使い分け、作品の要所要所を見事な描写で観客を魅了しつつ、同時に必要なことを確実に表現していく明快さなど。表現に必要な最短の時間ということまで計算されているようだ。

 猫の場面やラストシーンのオーバーラップは特徴的で、カメラを固定し同じ構図の中で構成要素の一部だけを変えて1カットのように見せ、時間の経過とともに猫の成長や人物のキャラクターなどが端的に表現されていく。
 ワイプは滑稽さとともに彼らの混乱した心理を描き出す。赤西が付文を書く場面ではワイプすると書き損じの大量な紙屑が現れ、小波が部屋で着物を選ぶ場面からワイプすると部屋中に着物が散乱している。

赤西蠣太 現代的、映画的な演出と一部舞台劇的、様式的な演出を共存させる構成は斬新でありながら、その魅力とリアリティを両立させる。演劇的な部分は原田甲斐が登場する場面に限定され、その多くが家臣が一堂に会す公的な場に設定されていることで、その形式的な演技が違和感を生じない。アクションシーンの型に嵌った殺陣も主人公が使命を遂げた後、原田の敗北がすでに決定している場面に設定され、必然と化した物語の展開と様式的な演技が調和して、その実験的な描写が非常に魅力的だ。作り手の知性とセンスの良さが光っている。

 そのアクションシーンが視覚上のクライマックスを形成する一方、物語の構成上のクライマックスは赤西が追手を逃れる場面だ。赤西が旅籠から出た後、追手側に視点を移し、彼らが旅籠を後にするカットから、その道中、彼らが路傍で「我々の方が追い越しているのじゃないかな」などと話している場面までが僅か3カットで処理されている。その次のカットで追手たちの前を僧の一団が通る。次に歩く僧侶たちの一人に合わせてカメラがパンすると、僧侶に扮した赤西の顔がハッキリと見え、そのままパンして歩き去っていく僧侶たちの後姿になる。観客が追手側に視点を移すのに必要なだけの間がありつつ最小限の描写で処理されている。この上なく簡潔で、逃亡の成功には誤解の余地もない。ここでも表現の巧みさが傑出している。日本の観客はあまり拍手しないが、海外で上映すれば拍手が起こること間違いなしの名場面だろう。あとこの映画に必要なのはもうハッピーエンドだけだ。

赤西蠣太 ラストでは小波がいかにも慌てながら使用人に「慌てちゃだめよ」と注意した後、着物が散乱し彼女が慌てふためいた部屋の様子が映され、小波の嬉しい驚きと動揺を余すことなく伝える。そして赤西が「ゆっくりはできないのです」と言いつつそのまま泊まってしまうのを短く3回のオーバーラップだけで表現し、先走ったメンデルスゾーンの結婚行進曲が喜劇的に締めくくる。ほれぼれするような巧い映画だ。更に幸せな鑑賞感が快い。何もかもが巧い映画だが簡潔、流麗な導入と結末は特にいい。

 途中多少の冗長さを感じさせる部分もあったかもしれないが、導入、物語の転回点、結末など重要な部分を優れた描写が確実に抑え、作品の骨格は確固として揺るぎない。そこでは脚本、演出などあらゆる要素、時間の与える印象なども含め計算しつくされていて、その卓越した表現が観客を魅了する。一方で演技におけるリアリズムと様式性の使い分けや音楽などに表れる自由な楽しさもある。名匠の手による美しい工芸品のような映画だ。その見事な出来栄えは作り手の余裕さえ感じさせる。名作と言われつつ見る手段が限られている現在の状況は非常に残念だ。

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