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『地獄の黙示録』 濃密な現実感、充実した意味作用

監督 フランシス・フォード・コッポラ 1979年 アメリカ映画

 偉大な失敗作という言葉がこれほどしっくりくる映画もない。構成に失敗しているのは誰の目にも明らかで、濃密に醸成されてきた意味が肝心のクライマックスで拡散していく。しかしそれでも観客を魅了するという意味ではこの映画は決して失敗ではない。作品の完成度と魅力は正比例しないという見本のような映画だ。

『地獄の黙示録』 人物、状況、映像、音響、その全てが混沌を示す場面
 人物、状況、映像、音響、その全てが混沌を示す戦闘シーン
 冒頭、ウィラードが酩酊状態で原始人のように踊り、鏡を割る。明らかに実際にそれを行い、本当に怪我をしているのにそれをそのまま演技として継続している。混じり気なし正真正銘のリアリティだ。彼が精神を病んでいることも、社会的であるより野生的な自然状態にあるのも映像が雄弁に語っている。勿論マーティン・シーンの演技もいい。こういった描写の素晴らしさはこの映画の大きな魅力だ。
 ウィラードが標的のカーツ大佐の不適切な行動の数々を聞かされると一瞬、間があったのち彼は慌てて同意する。彼はカーツの行動が間違っているとは思っていないようだ。ここでも映像の雄弁さがいい。モノローグが邪魔になっている部分が多い。ハリソン・フォードもなぜかガチガチで今にも台詞をとちりそうだ。

 川を遡って最初のキルゴア中佐のエピソードは作中もっとも充実している。死にかけた敵兵への対応の適当さ、サーフィンをするために攻撃地点を選ぶデタラメ振り、すぐ近くに着弾しても彼だけは全く意に介さない。実に魅力的なキャラクターだ。部下にも絶大な人気があるだろうと思わせる。劇場公開版で出番が少ないのは残念だ。
『地獄の黙示録』 最前線の描写 米国側の軍事力の及ぶ限界であり、意味の上では理性の及ぶ範囲の限界であることを示す
最前線の描写 米国側の軍事力の及ぶ限界であり、意味の上では
理性の及ぶ限界であることを表して豊かな意味作用を持つ場面
 描写も濃密で、倒れている子供を無視するカメラの冷淡さ、ヘリに吊り上げられる牛とその手前で行われる荘厳さの欠片もない神への祈り、命のやり取りをしている中で戦場カメラマンはいい画を撮ることに必死だ。死と混乱が日常となっている状況がリアルに描出されていく。
 ワーグナーとともに行われる攻撃は現実音としての音楽、ヘリのローター音、ヘリから見る爆撃と逃げ惑う人々など、尋常ではない臨場感だ。ヘリは民間人にも見境なく攻撃していくし、民間人に見える女がヘリを爆破する。その混乱を黄、緑、赤と色とりどりの煙がサイケデリックに彩る。
 キルゴアは単に無頓着なだけだが、この状況下でのサーフィンは確かにスリル満点で楽しいだろう。死にさえしなければだが。

 極限状況は人々を恐怖させるとともに高揚した気分にもする。不謹慎極まりないことにこの悲惨な殺戮シーンが我々観客にとっては最高に刺激的で面白い。人も状況も狂っていて、その混沌が見事に表現されている。この戦場の現実を目の当たりにした観客にとってカーツ大佐を断罪する偽善はここで早くも明白だ。おそらく道徳や社会の常識に判断を左右されないカーツは機能そのもののような存在で、この戦争においてはもっとも有能な兵士だったことだろう。素晴らしい場面だ。しかし困ったことに早すぎる事実上のクライマックスでもある。

『地獄の黙示録』 銃弾がカメラに向かって飛んでくる臨場感溢れる場面
  銃弾がカメラに向かって飛んでくる臨場感溢れる場面
 歪な構成になったが、その後も描写や編集は魅力的だ。銃弾がボートに、つまりカメラに向かって飛んでくる場面は凄まじい臨場感だし、カーツの支配圏に達するまでの構成もいい。虎やプレイガール、無意味で偶発的な殺人など様々な種類の恐怖と狂気が描かれ、ランスは徐々に理性を失い原始人に回帰していく。狂気を醸成していく編集の流れがうまくいっていて、完全版のフランス人農園のシーンはない方がずっとスムーズだ。

 そして辿り着いた最前線では生者と死体の区別もつかず、指揮官が誰かも分からない。おそらくそんなものは存在しないのだが、兵士たちは誰もそのことに気付いていない。状況を把握し制御する存在を欠いた最前線…それは理性の及ぶ限界としての最前線であり、外在化した心理描写としても機能している。あとは理性の向こう側にある野生状態のある種の正しさとその裏側にあるはずの人類の矛盾をカーツが体現してくれれば、この映画は真正の傑作になっただろう。残念ながらそうはならなかったが…。それでもここまでの濃密な現実感と充実した意味作用は圧倒的で、我々観客を魅了するのに十分過ぎるほどだ。

 以降は描写も展開も空疎になっていくが、失敗した脚本を演出が死に物狂いで何とかしようと足掻いているような執念が画面から滲み出している。
 魅力に乏しい完成品よりずっと好ましい力作だ。

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