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『隣の八重ちゃん』 日常を磨きあげ輝かせた日本映画の傑作

監督:島津保次郎 出演:逢初夢子 1934年

 島津保次郎が原作・脚本・監督の3役をこなしている。小市民映画の傑作として同時代から高く評価されていて当時のキネマ旬報ベストテンで2位に入っている。1995年のオールタイムベストでは100位、1999年には選外と順位を下げているが、単に知名度が下がっただけだろう。時代に評価が左右されるような映画ではない。
 黒澤明は自選100本に選んでいるし、批評家の佐藤忠男が2012年にこう語っている。
 「みんなびっくりしますね。昔の映画がこんなに良かったと。まあ、『隣の八重ちゃん』というのはトーキー初期ですが、本当にびっくりします」
 批評における評価は別にしても一般的に21世紀の今見て面白い映画だ。



隣の八重ちゃん:一緒に銭湯に行く八重子と恵太郎 かわいい小品といった感じの映画。小さな日常の出来事を描いていて、ドラマという程の内容もないのに最後まで楽しく見させてしまう。人物描写にそれだけの魅力が備わっているのだ。境界を無効にしていく構成も面白い。

 『隣の八重ちゃん』には物語がない反面、通常の物語性豊かな映画が置き忘れてきたような何気ない日常の魅力が満載だ。そのいかにも現実にありそうな言動はしかし映画では滅多に見ない種類のものだ。家庭にある時の彼らの素の言動が観客にも実感のあるリアルさで描かれる。虚構であるはずの映画の中で、おそらくプライベートでしか見せないであろう明け透けな素顔を晒して、その演技は観客にはもはや演者の本物の感情と区別できない。
 それにしても一緒に銭湯に行ったり、互いに親と子がそれぞれ相手の家で食事をしていたり、隣り合った2軒の家の人々の家族同然な関係は牧歌的で善良さ丸出しだ。
 物語の展開がないからこそ何気ない日常をここまで入念に描けたのだろうし、逆に物語で観客の興味を繋げない分、その描写の魅力がなければ一転して目も当てられない失敗作になっただろう。それだけの充実した描写を実現した演技と演出は素晴らしい。もちろん脚本もだ。

隣の八重ちゃん:家庭内の無防備さをさらけ出す登場人物たち 八重子のキャラは中でもよく描かれていて映画自体、逢初夢子主演のアイドル映画と言ってもいいくらいだ。セーラー服姿もあれば着替えのシーンもある。一種のサービスシーンだったのだろうか? 家庭内での無防備さが出ていていい。
 「おっぱいの形とてもいいわ」「あんた割合に小さいわね」「ええ、ぺちゃんこよ」など友達と交わす会話の内容、50音表記で表せないような笑い声、恵太郎に話しかける時に声のトーンが変わるなど、演技のリアルさは傑出している。

 松竹らしく、日本らしくもある小市民映画だが、同種の映画の多くがセットを多用し人工的な世界の魅力と多少の閉塞感を作り出すのとは異なり、ロケーションで自然さと開けた空間を作り出すのが快い。今では考えられないような当時の東京の田園風景も魅力的だ。

 冒頭、2軒の家の前で恵太郎と精二がキャッチボールをしていて、そのボールが隣家の窓ガラスを割り、八重子が出てくるところから映画は始まる。彼らの対話の背後で八重子が出てきた引き戸はそのまま開け放たれている。その後それぞれの住人がひっきりなしに双方の家を行き来し、開け放たれた縁側の外から室内が描かれ、室内からも外の木が見える。2軒の家の境界、屋外と屋内の境界侵犯を日常茶飯事にしていくのが面白い。恵太郎は部屋から縁側を横切って庭に出て、更に垣根を越えて敷地外に出ていくし、劇中のベティブープもアニメの世界の中で絵の中を出たり入ったりしている。視覚面では境界侵犯の映画と言っていいだろう。
隣の八重ちゃん:劇中劇『ベティの笑へ笑へ』
     劇中劇『ベティの笑へ笑へ』
 さりげなく「八重洲園」の宣伝を挿入しているのも、店の開放感のある空間がこの映画にピッタリだし、実在する映画の引用などとともに作品の外部を感じさせて、却って魅力を高めているのではないか?

 後半、八重子の姉京子が登場して映画はささやかな物語を語り出す。恵太郎を巡って八重子が姉に嫉妬したり、京子が恵太郎に言い寄ったりするが、恵太郎や八重子の視点から見る観客にとっては他愛なくかわいい物語だ。ただ、このあまりにも平和で牧歌的な世界に悲劇的な要素を持ち込む役割を与えられた京子は少し気の毒なキャラクターでもある。後半の作為的な展開はちょっぴり残念な部分だ。

 映画は最後、観客を少し心配させておいて一転、楽しく終わる。登場人物たちと演出が早々に境界などは有名無実にしてしまっていたが、最後には境界そのものが消え去る。きれいなラストだ。雲の映像と雷を模したような音楽も面白い。綺麗過ぎる結末に別の情感を添えているわけだが、変わった手法だ。暗雲垂れ込める要素など皆無なハッピーエンドだし、その情感の内容は観客次第でいいのだろう。

 日本映画の傑作であり、物語を不要にしてしまう程の人物描写、境界を無効にしていく構成など、斬新でありながら少しも気どったところのない親しみやすい映画だ。

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