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『父ありき』 編集の飛躍

監督 小津安二郎 1942年

父ありき 時間表現が優れている。
 小津の作品としては前年の『戸田家の兄妹』で父親が倒れた後、一気にその葬式の場面にとぶ編集があったが、『父ありき』ではその手法がすでに自家薬籠中の物となっている。
 笠智衆が生徒に修学旅行の話をすると次のカットでもう鎌倉大仏の前での記念撮影になり、芦ノ湖で生徒に事故が起こったらしいという場面からその生徒の葬儀の場面に跳ぶ。省略を含んだ編集が、観客の感性に僅かに先行していて心地良い。飛躍は徐々に大きくなり、父親が「お前、中学に入るとなると寄宿舎に入らんといかんなぁ」と言うと寄宿舎生活をしている息子の所に彼が訪ねてくる場面になり、更に次の場面で彼が "東京に行く" と言うと、すでに彼が東京で働いていてるシーンに繋がり、息子はもう大学生だ。

 時間表現がかつての『一人息子』からすると飛躍的に洗練されている。
 多用され編集の流れをぎこちなくさせていたフェードはきれいに消え去り、省略は先鋭的でなく変化はさり気ない台詞に表れ、不要な情景カットを挟み、表現はあくまでも穏やかだ。しかし時間経過は説明されるものから表現されるものとなって、見事に映画的魅力を獲得している。小津はここで映画における時間が客観的な時間でなく、編集の流れであるということを掴んでいるように見える。これが彼が「市民ケーン」を見る以前の出来事であるというのもちょっと興味深い。

 中でも十数年の時を隔てて行われる2度の釣りのシーンは、一切強調されるところもない何気ないシーンであるのにも関わらず、もっとも観客の心に残るシーンとなっている。どちらの場面でも父と子が同じように並んで、同じように特徴的なしぐさで釣竿を振る。しかし父は年を取り、子は成長していて、川の流れは逆転している。そのさりげない対照が時間の流れを静かに喚起する。

 「父ありき」は十数年に及ぶ時間を無理なく自然に描いて、平凡だが誠実な父とその息子、二人の人生の素描となっている。表現のさり気なさも内容に相応しく、ありふれた平凡さの中にあるささやかな美しさを抽出した映画だ。

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