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『キッズ・リターン』 時間を描こうとする着想、表現が独創的

監督 北野武 1996年

 細やかな人物描写と時間表現が美しい。常に省略を含んだ描写が観客の想像力によって絶えず曖昧に補完され続ける。それが映画的な魅力に満ちた素晴らしい表現になっている。
 社会の片隅に生きる人々を描いた映画だが、その人物描写には実感が伴っていて、時間とともに変遷するキャラクターとその行末を丁寧に拾っていくのが作り手の愛情を感じさせる。

キッズ・リターン
一見かつてと変わらない風景だが、細部の変化が時の流れを物語る。
この映画の表現は非常に微妙で変化後の姿から描き始めるので、観客
がこの場面にもののあはれを感ずるのは映画が終わった後かもしれない。
 映画は冒頭満員の劇場で漫才をする二人の若者から描き始める。そしてまた別の二人が道端で偶然再会する。長い間会っていなかったようだ。一人がちょっと言いづらそうに職探し中だと言うと、もう一人が少し下を向いた後「乗せていきますよ」と言う。次のカットでは二人乗りの自転車がどこかへ向かっている。
 ここまでで観客には漫才の場面は何のことかも分からないし、自転車の場面は話の流れから先の二人が職業安定所にでも向かっているところのように受け取れる。しかし次のカットで自転車に乗ってるのが確かに先の二人であることが分かるが、籠にはバッグがあり一人は学生服らしい事で映画が過去を描き始めていたことを観客が知る。こういった時間と人物の繊細な表現の集積で作品全体が構成されている。

 冒頭漫才をしていた二人はこの時代では最初声が聞こえてくるだけで姿は見えない。次に登場した時に初めて彼らの顔がはっきりと見える。モップをマイク代わりに立てて漫才の練習をしている。ここでもまだ観客には彼らが冒頭の漫才師と同一人物かどうか半信半疑だ。こういった微妙な描写が積み重なっていくことでいつの間にか彼らの同一性が確立していき、その同定の瞬間など観客自身にも特定できない。
 終盤現在の時制に戻った時、彼らを舞台袖で見守っている人物がかつての不良三人組の一人であることも明かされるが、これもほとんど気づけないほどの微妙さだ。
 時間の経過と状況の変化を事後的に気づかされる繊細な表現に快感がある。おそらく日本人の顔を見慣れていない白人や黒人の観客はこの映画の、注意を喚起しない微細で魅力的な表現の多くを見過ごしてしまうかもしれない。それらのカットは決して目立たず静謐でありながら何となく撮ったというようなカットは一つもなく、常に表現を志向している。

キッズ・リターン
手前にヒロシとサチコ、奥にシンジとマーちゃん。それぞれが自分
の物語を生きつつ他者の物語に脇役として存在している。
 最初はヒロシの顔を見ることすら無かったサチコはいつの間にかそのヒロシと結婚していて、不良三人組のリーダーはイーグルやシンジが去って行ったジムの新たな希望となり、担任の教師はいつしか白髪が混じる年齢になっている。
 時間表現の繊細さとともにそこに見られる省略の仕方も独特だ。ヒロシの結婚そのものも結婚生活も描かれないし、結婚後は二人が同じ場面に登場することさえない。最終的にはヒロシが生きているのかどうかも不明だ。

 内容は特に環境にも才能にも恵まれてはいない人々を描いているが、その描写は作り手の愛情を感じさせる。彼らが皆次々に挫折していく様はやるせない。が、魅力的だ。何より登場人物たちが物語の都合で作られたような言動がまったくない生きた人間たちなのだ。
 シンジとマーちゃんは愚かな若者たちだが、自分の生活圏に偶然現れたボクサーやヤクザなどに大きな影響を受けるような、小さな小さな世界の住人だ。自分たちの愚かさにも世界の広さにも未だ気づいていない。シンジを堕落させる林もひどいキャラクターだが、勤め先の人には頭が上がらないという場面が描かれる。彼もまた状況に埋没した哀れな人物だ。
キッズ・リターン
 周囲の空席の中で熱心に舞台を見つめる年配の夫婦。
 暴力団の会長は不意に物語の進展と無関係にゴルフの話をしだす好々爺のような一面を見せ、ほとんど客のいない客席で黙って漫才を見ている年老いた夫婦の佇まいには彼らの人生が滲み出している。平泉成の叱責を意に介していない様子の男は彼に指名され一緒に昼食に行く。おそらく有能な人物で、ダメ社員と一緒に叱責を受けるのも役割なのだろう。大杉漣はサラリーマン世界の生存競争を生き残るのに必死で、タクシーの運転手を人間扱いする余裕もないようだ。これら、ほんの一場面に出てくるだけの人々の何と魅力的なことか。それらの細やかな描写を見ると全ての登場人物が作者に愛され祝福されているようだ。

 ラスト、シンジとマーちゃんは挫折し、漫才師の二人組にはささやかな成功と希望があり、かつてヒロシが座っていた喫茶店のいつもの席にはヒロシの同僚がいる。多くの人々の人生におけるささやかな成功と挫折を描いて映画は終わる。
 『キッズ・リターン』は物語ではない。時間を描いた映画であり、自身の物語を生きる人々の愛情溢れる描写であるというべきだろう。

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