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『現金に体を張れ』 鮮明で截然とした表現

監督 スタンリー・キューブリック 1956年 アメリカ映画

現金に体を張れ 50年代の犯罪映画でストーリーテリングに面白さがある。スタンリー・キューブリックの作品だが、『2001年宇宙の旅』と同じ監督とは思えないほど物語の比重が大きい。映像はコントラストがはっきりしている。被写体の輪郭が明確で、背景の暗い部分は真黒だ。編集においても物語に不要な描写は徹底的に刈り取られ、個々のカットは機能的で無駄がない。キビキビとしていて明快かつ客観的な映画だ。

 ストーリーは現金強奪計画の準備とその実行に沿って進み、その成否が最後まで観客の興味を維持し、娯楽映画として楽しめる。犯罪の計画準備とそこに現れる僅かな綻びが小さなサスペンスを生み、計画の詳細は隠されて観客はその実行を注視させられ、事態の進展に従ってスリルとともにそれを知っていく。

 一方でナレーションの挿入や時系列の操作など、その語り口は少し変わっている。
 作品内に存在しない人物のナレーションが日時や登場人物の心理、状況などを説明する。これが描写内容の事実性や映像の描写しない心理などを決定づけていき作品から曖昧さを一掃していく。映像も含めて誤解の余地がない明快な映画だ。
 ナレーションが冒頭で計画の参加者マーヴィンの心理をこう規定する。

 「発表を待つ彼は考えた。この計画はジグソー・パズルだ。彼はパズルの絵を形作る一片のピースである。他のピースを組み合わせれば予想通りの絵ができるはずだ」

 この台詞がこれから描かれる犯罪計画の内容と同時に映画の構成をも形容している。この映画は時系列を入れ替え、まさにジグソー・パズルのように構成される。部分的に描写がそれぞれの人物によって紀伝体のような構成になるところに新鮮な面白さがある。そしてその構成によって一部描写の重複があるのだが、そこにも意図されたものではないかもしれないが魅力が生まれている。
 『羅生門』や『去年マリエンバートで』のような意図の込められたインパクトのある表現ではないが、映画の進行によって観客に与えられている情報が異なっているためだろう。見る側の変化によって同じ描写が異なる意味作用を生んでいて、そこには確かに微妙な魅力がある。映画の面白さだ。

 描かれる内容そのものは類型的だ。しかし明確さの際立つ映像とナレーション、不要な描写を排した緊密な編集、時系列を入れ替えた巧みな語り口など数々の美点によって同種の映画にない魅力を獲得していて、映画は少しも類型的には感じさせない。全ての面で弛緩したところが一切ない優れた犯罪映画だ。

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