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『トータル・リコール』 趣味の悪さと知的な面白さ

監督 ポール・バーホーベン 1990年 アメリカ映画

トータル・リコール 大がかりなSF映画。ちょっと悪趣味なところがあるが、そこさえ気にならなければよくできた面白い娯楽作品だ。原作者は『ブレードランナー』や『マイノリティ・リポート』と同じフィリップ・K・ディックで、この3本の中では現実と虚構を等価にしてしまうような彼の持ち味が一番ストレートに再現されている。原作にあった詩情やユーモアは消えて、かなり直接的、どぎついと言ってもいい表現に置き換わっている。アクション映画となったのもハリウッド製大作映画としては当然の脚色だろう。あくまで不特定多数の人々が楽しむための映画なのだ。

 脚本はアーノルド・シュワルツェネッガーを最初から想定していたのか、ピッタリの役柄になっている。内容的にはもっと線の細い知的な印象のあるキャラにするべきだったかもしれないが、このキャラ設定なら彼はまさに適役だ。
 主人公のダグラス・クエイドは肉体労働者で、リコール社で拘束具を馬鹿力で外してしまったり、数人の屈強そうな男たちに襲われても大暴れして返り討ちにする。敵に捕まり再洗脳される時の拘束具は金属製だが、これも片腕の力だけで壊してしまう。とんでもないキャラクターだ。
 これらの場面は脚本を読むだけではリアリティの欠片もないだろう。作品を台無しにしてしまうと思われる展開だが、シュワルツェネッガーが演じることで解決してしまう。1人の俳優の個性だけでそれをやってしまうのだからすごい。そのあり得ない出来事を強引に自然な描写に見せてしまう力業には感心しつつ思わず笑ってしまう。彼以外にはこんなことはとても無理だ。リコール社で暴れる彼を押さえつける人々がいかにも大変そうに見えるのも楽しい。

 描写は露悪的で評価が分かれる所だろう。
 夫婦喧嘩は命がけだし、最終的に夫が妻を撃ち殺してしまう。すごいDVだ。もし、ラスト・シーンの後でクエイドが目を覚ましてその殺したはずの妻の元に戻ると想像すると更に気まずい気分になる。彼女がリクターの恋人であるというのもなかなか趣味が悪い。リクターは両腕がちぎれて死ぬし、ヒーロー、ヒロインが顔を膨らまして目を飛び出させたりもする。火星のミュータントたちは善良な人も悪い人もいて、ごく普通の人々だが外見は極めて醜く造形されている。これらの描写は観客の美意識や倫理観を逆なですることを目的としているのだろうか?

トータル・リコール 物語は面白い。脚本がよく出来ていて、シュワルツェネッガーの持ち味を十分引き出しているし、全体としてのSF的なギミックやアクションで観客を楽しませてくれる。その中で、アイデンティティや現実と虚構の関係に揺さぶりをかけてくるのがいい。娯楽映画としての枠組みにもちゃんと収まっている。自我が記憶によって作られていて同一人物の過去と現在の人格が対立する構図は興味深いし、中盤で突然リコール社の人間と元妻が現れて現実感と人間関係に激しい動揺をもたらす展開も秀逸だ。この場面があることで観客はその可能性を示唆され、ラストシーンの後を想像してしまう。
 少し知的な面白さも味わわせてくれる楽しい娯楽映画だ。

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