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『君と別れて』 成瀬巳喜男サイレント期の代表作

監督 成瀬巳喜男 1933年

君と別れて 生活のため芸者をしている菊江、その息子の義雄、同じく芸者で彼らの幼馴染の照菊、3人の関係を描いた映画。照菊の物語としては悲劇、義雄の物語としては切ない青春の1ページといったところだろうか。

 ストーリーは平凡だが、成瀬作品ではそれが欠点にならない。語り口が軽快で、細分化されたカットが同じ場面を多様な角度から次々と映し出して見せてくれるので、視覚的に飽きない。その目まぐるしいカット割りも少しも不自然でない。
 全体の流れにおいても要所要所にアクセントとなるシーンが配置され、楽しく見せきってしまう。義雄の同級生や照菊の弟、ヨーヨーやチョコレートが場面を明るくしてくれるし、義雄のナイフや菊江のカミソリにはドキッとさせられる。
 1933年の走る列車内の様子や当時の漁村の風景も目新しい。当時においても漁村など見たことのない大部分の観客にとって新鮮な映像だったろうし、21世紀の人間にとっては尚更だ。成瀬の作品はいつも ”記録性” という、描写や物語の影に隠れがちな目立たない映画の魅力に改めて気づかせてくれる。

 ただ、女性がとてもうまく描けている一方で、作り手は男性にはあまり興味を持っていないようで、その点は少しバランスがよくないかもしれない。
 菊江の旦那は好色な上に薄情だし、照菊の父親は飲んだくれの甲斐性なしだ。それらはまだ物語上の必然ということで済むかもしれないが、義雄にいいところがまったくないのはどうだろう? もう少し照菊の好意を自然に見せるような義雄の肯定的な描写があってもよかったかもしれない。

 視覚的にもっとも印象的なのは、橋の上で照菊と菊江が語り合う場面だろう。ここでも様々な角度から2人とその背景が捉えられる。松竹蒲田近くの呑川でのロケだろうか? 海に向いたカットでは遠くに巨大な煙突がいくつも立ち並び黒い煙を吐いていて、川面に浮かぶゴミのカットが挟まれ、醜さが強調される。逆の川下側からのカットでは2人の背景に瓦葺きの家々が立ち並ぶ伝統的な日本の風景になる。物語の上では2人がプロットの中心である義雄について語っており、映像面では二つの風景が対照され、そこに醸成される橋の象徴性など、この場面には豊かな意味作用がある。

 急激なトラックアップの反復や変則的なクロスカッティングなどの映画技法も目立つ。
 トラックアップは相対する2人の人物に交互に素早く行われ、その対立を印象づける。非常に大胆な使用で、「必要以上に」と言っていい程に強烈な効果を生んでいる。個性的で面白い使い方だ。
 クロスカッティングは「劇的」とまでは言えないが、それぞれのシーンの情感の対照がはっきりと意識されている。一方のシーンでは暗い部屋の中で複数の男たちが芸者と楽しく遊んでいる。もう一方では明るい部屋で菊江とその旦那が険悪な雰囲気で話をしている。会話は遠回しな別れ話になり、菊江がいきなりカミソリを取り出す。暗い部屋で遊ぶ男たちと明るい部屋での2人の修羅場がクロスカッティングで対照され、やがて旦那が助けを求めて部屋の引き戸を開けると2つのシーンは同一シーンに融合する。これも面白い効果を生んでいる。

君と別れて 『君と別れて』は語り口の巧さや印象的な橋の場面、個性的な演出などが光る映画だ。
 しかし実は、観客にとってもっとも印象に残るのは、水久保澄子のアイドル的な魅力や列車の中でアップになる明治チョコレートだったりするかもしれない。『チョコレートガール』のフィルムが現存しないのは残念だ。








 
【トラックアップ】
カメラの前進移動。効果はズームアップと似ているが、ズームアップが単なる映像拡大なのに対して、トラックアップはカメラの位置が被写体に近づくのでそれに合わせてパースが変わる



【クロスカッティング】
異なる場所で同時進行する複数の場面を組み合わせて編集すること。『ゴッドファーザー』のクライマックスシーンが有名。荘厳な宗教儀式で道徳的な正しさを誓う人物とその人物の命令による殺人行為が交互に組み合わされて、鮮やかな対照効果を生み出している。


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