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『ピクニックatハンギング・ロック』ピーター・ウィアー豪州時代の傑作

監督 ピーター・ウィアー 1975年 オーストラリア映画

『ピクニックatハンギング・ロック』日傘を差し花を観察しているミランダ
花を観察するミランダ。ソフトフォーカス、逆光、ピントがずれるこ
とで淡く映る草花、被写体としての日傘、白い服を着た少女、虫眼鏡
で花を見るシチュエーション、あらゆる要素が美を志向している。
 全編に漂う甘美で、官能的で、そして不思議な雰囲気こそが『ピクニックatハンギング・ロック』の最大の魅力だ。
 靴下を脱ぐ少女の足、呼びかけを無視して裸足で歩き去っていく少女たちの後姿、ミランダの幻影、蟻の接写など美しく印象的な場面には事欠かない。

 物語は少女たちの失踪や様々な謎を語るが、観客がそれを推理物やミステリーのような類型に沿って理解しようとするとこの映画の美しさはすり抜けてしまう。不可解なものを不可解なまま味わう時に『ピクニックatハンギング・ロック』は不思議な魅力を持った映画となる。

 謎を提示しながら答を語らず、前半で主人公がいなくなってしまう変則的な物語は、この映画に独特の美的な雰囲気をもたらす機能の一部を成していて、作品から切り離せない。

 視覚的にはソフトフォーカスが現実を柔らかく加工し、しっとりとした湿度を帯びさせる。少女たちに焦点を結びつつそこから外れた前景と後景はあくまで淡く、木々や草花は輪郭もおぼろげに流れ、揺れる。その他、逆光やスローモーション、オーバーラップなど曖昧さを醸成するあらゆる手法が映像をより甘美なものにしていく。そうしてフィルムに描き出される自然と少女たちの画はまるで印象派の絵画のように美しい。

 19世紀の白いドレスの少女、建築物の様式や調度品などの意匠、金色の野原や緑の森、奇怪な岩々と流れる雲などの自然、優雅な白鳥はじめ彩り豊かな鳥たち、白いケーキや少女たちの素足を歩く黒いアリ、その他馬、トカゲ、コアラなど様々な動物たち、すべての視覚的要素が合わさってこの映画の情緒を作り出していく。
『ピクニックatハンギングロック』 美しく抒情的な映像の数々
  靴下を脱ぐ足、逆光気味に捉えられた少女たちと淡く金色に光る草、踊る少女からミランダへのオーバーラップなど、美しく抒情的な描写の数々


『ピクニックatハンギング・ロック』 森に佇む少女たち。印象派の絵画のように美しい場面
 森に佇む少女たち。印象派の絵画のように美しい一場面。
 物語は一方の主役であるハンギング・ロックから描き始める。砂煙の中からその姿が現れ、そこに重なる少女のモノローグ。

「見えるものも私たちの姿もただの夢。夢の中の夢…」

 作品に相応しい幻想的な導入だ。ミランダはこの導入部ですでに「私も長くはいないわ」と語っていて、終盤でセーラが観客にそのことを思い出させてくれる。また、少女たちの詩的な台詞の数々「私たちを百万年待っていた」「物事は皆定められた時と場所で始まり、そして終わる」 それらが彼女たちの失踪後に回想のように再度繰り返されることで暗喩的な意味を帯び、物語上の謎を様々に解釈させようとする。
 あくまで分かり易い語り口で、しかし答は提示しない。その理解の容易さと曖昧さがともにいい。物語の曖昧さが甘美な描写の魅力を最後まで維持させている。

 通常の映画では描写が物語に貢献するのが一般的で、凡庸な映画では描写が物語の説明に堕する。しかしこの映画では物語が描写を助けて作品をさらに美しくするのだ。脚本が出来事に謎を残すことで描写の神秘性は高まり、前半でミランダの存在を失わせることで彼女は身体的な属性を削ぎ落し益々美しくなる。まさしく秘すれば花なり…だ。

 ラストシーン、別れを予め知っていたかのように手を振り去っていく彼女の後姿を静止した時間に捉え、今を永遠に変えて映画は終わる。

『ピクニックatハンギング・ロック』 ラストの永遠に去ってゆくミランダ
 ラスト、永遠に去ってゆくミランダ
 これより映像の美しさに優る映画はあるだろう。しかしそれでも『ピクニックatハンギング・ロック』の持つ美しさは格別だ。被写体の意匠、物語の展開、言語テクストなど作品の構成要素すべてが美を志向していることで、映像のみに留まらず映画それ自体としての美を醸成しているからだろう。


追記
ディレクターズ・カット版はオリジナル版映像の上下がトリミングされ、時間も116分から107分に短縮されている。



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