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『3-4x10月』北野武第二の処女作にして一つの到達点

監督 北野武 1990年

3-4x10月  北野武が企画・脚本から手がけた初めての作品。観客に対してこれほど挑発的な姿勢の映画もないだろう。監督の北野は前作でその才能の片鱗を見せていたとはいえ、当時1人のコメディアンがこれだけの映画を撮ったという事実は相当な衝撃だったはずだ。
 ただ、1990年の人々にとって北野武はやはりビートたけしという単なる一コメディアンに過ぎなかったようで、コメディでもなく類型に則った娯楽作でもないこの映画は一般的に無視され、配給収入で2.3億円と惨敗している。映画作家としての北野武を発見した人は極めて少なかったようだ。しかし『3-4x10月』は、表現媒体としての映画を知り尽くした人の作品であることが明白で、類型からかけ離れた独創性を持っていたのだ。

 調子はずれの編集。ありふれた日常から出発して不条理に展開していく異常なストーリー。登場人物も皆それぞれに狂っているようだ。それらを何でもないことのように淡々と映し出すカメラワーク。
 まるでまともな映画が1本別にあり、その本編に使用しなかったフィルムを繋ぎ合わせたかのような狂った編集だ。登場人物の心理描写や観客に示すべき説明、背景音楽などはそちらに置いてきたのだろう。この映画においては主人公が彼女と恋に落ちて付き合うまでの恋愛の過程より2人が偶然出会った男と一緒に釣りに行くことの方が重要であるらしい。また、最初沖縄に行く気のなかった和男が結局行く気になったのはいつで、なぜなのかは描かれないが、意味もなく雅樹と一緒にアイスキャンデーを食べる過程はたっぷり描写される。

 登場人物は全員刹那的で明日のことなど考えもしない人々だ。雅樹はヤクザに腹を立てれば後先考えずに殴ろうとするし、"ちょっとそこまで" という感覚で沖縄に拳銃を買いにも行く。彼女もデートの行先を気まぐれに変更しようが、タンクローリーの助手席に座ることになろうがそんなことは気にも止めない。和男は仕事をほっぽりだして沖縄だろうがヤクザへの殴り込みだろうが付き合ってくれるいい奴だ。この映画の編集に従って判断する限り、雅樹がちゃんと忘れずに沖縄土産を買ってくることや和男がアイスクリームを奢ってくれることなどが最も重要なことなのかもしれない。
 どこかずれている人々だがそのキャラクターはいかにも実際にいそうなリアリティがあり、それを支える演出も、俳優陣の演技も現実的で実に巧い。彼らのおかげでこの映画の壊れたようなストーリー展開が少しも不自然ではない。彼らならいかにもやりそうなことではないか。井口、上原のキャラクターとそれを演じる井口薫仁、ビートたけしの演技は特に魅力的だ。

3-4x10月 ストーリーはガソリンスタンドで働く青年雅樹がヤクザに因縁をつけられ、草野球チームの仲間を巻き込んでそのヤクザと戦うという突飛なもので、チームのスポンサーらしい井口が袋叩きにされ、仕返しのために沖縄に拳銃を買いに行くという非常識なストーリーがさも当然のことのように自然と展開する。

 また、その沖縄ではなぜかストーリーの本筋と関係のない沖縄ヤクザ上原が丹念に描写される。彼の狂気に満ちたエピソードはまともな映画ならすべてカットできるかもしれない。しかし全編余白のようなこの映画ではこの余白そのもののような部分が最も面白い。逆にこの映画は余白以外のものを一切排除して無駄な部分はないと言うべきだろう。ストレリチアの花畑、挿入されるフラッシュバック、空港の駐車場、すべてが非現実的で幻想的だ。主人公の物語と無関係でもあるこれらの場面がもっとも美しく、また作品の印象を決定づけているのがいかにもこの映画に相応しい。
 最後に冒頭のシーンに戻るのも、そこに微妙な差異があるのもいい。物語の結末としては矛盾しているにも関わらず、不条理なこの映画には実にしっくりと馴染んでいる。考えてみればこれまでの何もかもが夢のように幻想的だったではないか……。その美しさを前にそれが現実の出来事だったのか、一瞬の白昼夢だったのかなどもう些細なことだ。

 『3-4x10月』は観客が映画一般に持っている先入観を覆し、予想のつかない展開をするスリリングな映画だ。そしてキャラクター、ストーリー、絶妙な距離をとるカメラワーク、シナリオを一顧だにしない編集、その他すべてが全体としての映画に無意味さ、狂気、幻想性を漂わせている。北野武の映画ではもっとも先鋭的な作品だろう。

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