FC2ブログ

記事一覧

HOME

『皆殺しの天使』 不条理と円環的時間

監督 ルイス・ブニュエル 1962年 メキシコ映画

 絵に描いたような不条理劇で、同じ描写の反復、不可解な物語や登場人物の心理など、その不条理さは形式から内容にまで及んでいる。作品世界の原理がいつまで待っても開示されない展開には苦痛を感じる人もいるかもしれない。しかしそこに面白さはない。幼児が原理を理解できないままに世界を体験するように、分からないことを分からないまま楽しむ映画だ。
『皆殺しの天使』 繰り返される時間。人知の及ばない反復。
  繰り返される時間。人知の及ばない反復。

 世界の不条理さが先の読めない不思議な物語を紡ぎ出し、宗教的で暗喩的な要素が観客の比喩的な思考を喚起して世界の奥行きを生み出す。密室劇は描写を充実させ、あり得ない出来事と頻出する反復はコメディ的な面白さも持っている。

 『皆殺しの天使』の最大の特徴は様々なレベルで表れてくる反復だ。まず使用人たちが屋敷を抜け出す際、編集が巻き戻ったかのように同じ場面を反復する。登場人物たちが気づくことのできないメタレベルでの反復であり、作品の外部にある反復だ。時間の再現そのものと言っていいだろう。次に現れる反復はノビレの挨拶だが、ここでは2回目の描写内容に変化が表れ、招待客の反応も違ってくる。これ以降、反復は作品の外部にある編集=時間の再現ではなく、作品世界の内部に起こってくる。カバラの秘儀、自殺に至る二人の男女の様子等々。そして最終的に意図的な第一夜の反復によって人々は邸を脱出する。が、ラストで不可解な幽閉そのものが再度繰り返されコメディのようなオチをつけて映画は終わる。今度は20人どころではない。その最初の配置が再現されるまでに費やされるだろう膨大な時間を想うともはや笑うほかない。


 これら頻出する反復が否応なく観客の興味を引くのだが、反復そのものと同時にそこから表れてくる時間観が面白い。まず、最初の反復が同じ時間の再現になっていて、以降、部屋に閉じ込められた人々が次第に時間感覚を失っていく様子が描かれていく。作品は観客に対しても客観的な時間推移を隠蔽し続ける。そして物理的に…ではなく、心理的に邸の出入りができないという不条理な現象が、登場人物たちに迷信的な行動を取らせたように、観客に対しても超自然的な想定を許容している。いや、この映画の時間描写はそう促している。数日なのか? 数週間なのか? もしかしたら何十年、何百年なのか?
 レティシアはこう問う。「どれほど経った? もう忘れたわ。でも想像して」

 そして彼女は最終的に驚くべきことを口にする。

『皆殺しの天使』 最初の夜の再現。人為的な反復。
  最初の夜の再現。人為的な反復。
 「私たち何回場所が入れ替わったかしら? この恐ろしい永遠の間に私たちが何千に及ぶチェスのコマだったか? 家具もよ。何百回動かしたか?」
 「今この瞬間全てがあの状態よ。人も家具も。あの夜の時と場所が全く同じなの」

 その試行錯誤は初耳だが、それにしても奇跡的な偶然の一致だ。20人の人間と部屋の数々の調度品は何百回、何千回と意識的に、また無意識的に様々なロケーションを取ってきたことだろう。無秩序にいつ果てるとも知らない不規則な運動を繰り返してきたのだ。それも偶然全ての人と物が最初の夜と同じ配置になるまで! 気の遠くなるような時間の推移だ。冒頭の繰り返す時間、人々に忘却される時間の流れ、奇跡的な再現、これらは観客に永劫回帰を想起させずにはおかない。円環的な時間の中でついに同じ瞬間が還ってきたかのようだ。

 不条理それ自体も『皆殺しの天使』の大きな魅力だ。それらはホラーのようでもありコメディのようでもある。心理的に部屋から出られないという状況、動く手首、次第に獣に還っていく人々と宗教的暗喩性、フリーメーソンの暗号やカバラの秘儀。ノビレの殺害や最初の夜の再現という共に日常では到底受け入れられない迷信的な思考が持つ説得力、閉じ込められた人々を尻目になぜか真っ先に脱出に成功している熊など。分からなさをそのままに怖さや滑稽さを味わえる人がこの映画を最も楽しめるに違いない。

このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント

拍手とコメント、両方して下さる方はお手数ですが、コメントは下のコメント欄にご記入下さい。拍手ボタンを押した後に出てくる「拍手コメント」に書き込んでも通常ページには表示されない仕様になっているようです。                       ⋮

コメントの投稿
非公開コメント

年代別

ジャンル別

プロフィール

ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

リンク

撮影監督の映画批評

無意識の感情移入など専門的な視点から語られる映画評。個性的。

 

映画中毒者の映画の歴史

創成期の映画史と当時の作品の解説。貴重な情報が多数。


このブログをリンクに追加する