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『鉄男』 塚本晋也の特異な個性

監督:塚本晋也 音楽:石川忠 1989年

 この映画の内容はエログロナンセンスと形容できるものだが、それだけでは言い足りない。狂気と金属と走ることで埋め尽くされた描写、極端に短く目まぐるしいカット割り、金属音のような特殊な音響効果と背景音楽、異様で個性的な表現が横溢して観客を圧倒する。異常なほど迫力のある映画だ。何を物語り、何を描いているのかも理解できないのに観客は見ることをやめられない。いや、上品で良識ある紳士淑女は一目見て目を背けてしまうだろう。
 エログロナンセンス、醜悪と言うと否定的な意味を含意してしまうが、『鉄男』の場合はそれで間違っていない。しかし、その否定的な側面も含めて奇怪でグロテスクで見世物的な醜悪さが徹底されて、それはもはやある種の美に到達している。見世物でもある映画の、もっとも映画らしい魅力の一つだろう。これは一般的に言うところの”高尚で芸術的な”映画の対極に位置する映画であり、その傾向の一つの頂点と言ってしまってもいいだろう。

鉄男 TETSUO 全編に意味のある言葉はほとんどない。オープニング・クレジットの「海獣シアター」「普通サイズの怪人シリーズ」などの言葉のセンスがすでにおかしい。繰り返される「もしもし」や「大概のことには驚かないから」。また「脳に金属が突き刺さってるんだよ」「芸術的な刺さり方をしてるんだろうな」「ま、かんざしだと思って仲良くやるんだな」など医者の台詞の異常さ。それらが異様な雰囲気を作っていく。

 物語は不条理の極致だ。男が自らの足を切り裂き、そこにパイプを挿入して走り、車にぶつかる。別の男──これが主人公だ──がなぜか体中金属化していき、同じく金属化した男に追われ攻撃され、ドリルとなった性器で恋人とセックスをして殺してしまう。やがて主人公が冒頭で男を車で跳ねた上、見殺しにしていたことが明らかにされ、そのために男に追われていたことが判明する。彼と男が戦い、最後には融合してしまう。まったく訳の分からない無意味さだ。しかし圧倒的な描写と編集の魅力がその物語の謎をどうでもいいものにしてしまう。そういう意味でもまさしく物語は無意味だ。

 音楽を含め音の演出は描写や編集と一体化して素晴らしい効果を生んでいる。全編、人の発する音声のほとんどが言葉であるよりも五十音表記では表現できないような叫び声で満たされていて、電車の走行、歯の噛み合わせ、ソーセージを舐める音など、金属音でできた音響効果とやはり金属を打ち鳴らす音楽が終始響いていて、編集とともに映画のリズムを作り出している。音によってこれほど観客を魅了する映画は滅多にないだろう。

鉄男 TETSUO 描写においては映像が冒頭、金属の塊を執拗にクローズ・アップし、なぜかそこに紛れた陸上選手を映し出す。それらは何らかの構造を持っているようでもあり、単なる混沌のようでもあるが、とにかく一体化しているようだ。男が自らの腿を切り裂き、金属のパイプを埋め込む。その時の呻き声、男の情念に同期して鳴り響く金属音、一気に燃え上がる陸上選手の写真とその爆発的な燃焼音。そこからあらゆる個物がその差異を超越して一体化していく。交通事故らしき緊迫した場面とムード歌謡のような間延びした音楽が無理やり結び付けられ、男と女はドリルとなった性器で愛し合いながら殺し合い、エロティシズムとギャグと暴力と死が同時に表現される。人間や猫などの生物は鉱物と融合し、敵と味方が愛によって合一する。全てが一体化し混沌としていく。それらの描写によって我々観客は間違いなく非常に感情的な状態にさせられているのだが、その感情を名指すことができない。恐怖、驚愕、悲嘆、歓喜…或いはその全てであろうか? 出口を失い内圧を高めたその不可解な感情の重量をそのまま乗せて描写は急速に速度を増して暴走していく。カタルシスそのものだ。

 『鉄男』は全てのものが融合していく映画だが、それは被写体、映像という表現される側に留まらず、表現する側にある撮影、音響、編集にまで及んでいる。人声と現実音、背景音楽は統合された一つの音楽として演出され、それらは金属や人物など被写体の発する音を含み描写とも切り離せない。その音楽と、金属や走ることで構成された描写が、コマ撮りを含めた目まぐるしい編集に同期する。そうして出来上がった強靭な表現と疾走感は物語の不可解さなど観客の脳裏から吹き飛ばして陶酔させる。
 『鉄男』は内容と表現にある全ての差異が奇怪な合一に飲み込まれていき、観客を呆然とさせる。実に奇妙で特異な面白さを持った映画だ。

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