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『HOUSE ハウス』 大林宣彦の遊び心に溢れたデビュー作

監督 大林宣彦 1977年

 『HOUSE ハウス』は映画の楽しさを堪能させてくれる映画だ。題材的にはホラー映画であり、実際怖い場面もあるにはあるのだが、その怖さは遊園地のお化け屋敷のように楽しい。娯楽作品とは言ってもこれだけ無意味に徹して観客を楽しませてくれる映画はそうそうないだろう。勿論それだけ作品の出来が素晴らしいということなのだが、批評家には評価されづらそうだ。自然主義的リアリズムから懸け離れたところに設定されたリアリティの水準と内容の無意味さが ”真面目な” 批評家には嫌われるに違いない。それに楽しさと表裏一体の軽さが我々観客に、映画そのものの価値を見誤らせ、軽んじさせようとする。しかし騙されてはいけない。『HOUSE ハウス』は決して見過ごせない数々の素晴らしい美点を持った映画なのだ。

『HOUSE ハウス』 大林宣彦
  カメラのシャッター音とともにカットが瞬きする。
 この映画はリアリティの構築の仕方が実に独特だ。現実を模倣する通常の写実的なリアリズムからはかけ離れていて、実写映画でありながら被写体、撮影などにおいて撮るというより作り出すという姿勢が徹底されている。冒頭から作品世界が作り物であることを公然と曝け出し、実写映画でありながらアニメーション映画のようなリアリティを構築する。

 まず映画本編の始まる前から流れるポップソングのような明るい背景音楽が、オシャレの新しい母親が紹介される場面まで途切れることなく続いていて、カットやシーンの転換を越えて一定の調子で、明るく楽しい情感をずっと維持し続ける。映画はそれを利用して多種多様な趣向で反写実的な描写を矢継ぎ早に積み重ねて、現実とは異なるデフォルメされた世界のリアリティをあっという間に構築してしまう。実に独特の方法論で、しかもそれが成功しているのが見事だ。その特異な手法と成果はもっと注目され、もっと評価されていいのではないだろうか? 
 観客が気づいた時には描写は非現実的でありながら全く違和感を生じさせることなく、観客を白けさせることもなくなっている。
 一旦、現実を壊し再構築された架空世界のリアリティの下では、多彩で遊び心に溢れた描写の数々があまりに魅力的だ。大林宣彦は後の『時をかける少女』でも少し異なる手法で同じような効果を上げていて、こういった描写には意識的な計算も勿論あるのだろうが、天性の才能をより感じさせる。

 冒頭の東宝マークからすでに鳴っている効果音と背景音楽、表題である『HOUSE』が不気味な音声と奇妙なアニメーションで提示される。本編が始まるとファーストシーンは緑や赤のフィルター越しの映像で、それぞれ真正面からカメラに向かってわざとらしい演技で語りかけるオシャレとファンタ。カット繋ぎも特殊で、画面の中に更にもう一つの画面が入れ込まれ、内側の描写がやがて外側の静止画に一致して動き出し一つのカットになる。また被写体がフレームアウトする描写からその被写体の動きを途中で停止させた静止画へ、そして更に次の場面へと及ぶオーバーラップ。その後もフィルターやマスクを使用した撮影、上下反転した映像、オシャレとファンタを中心に360度回り込むカメラワークなど、様々な技法で作られた映像は実に多彩で、まるで映画技法の品評会だ。遊び心満載で映画的魅力に溢れている。
『HOUSE ハウス』 大林宣彦
  外側のフレームでは静止画がフェードインし、内側では緑のフィルターが消えていき…
『HOUSE ハウス』 大林宣彦
  池上季実子がカーテンを脱ぎつつ移動していくと外側の静止画に一致して、一つの映像になる。
『HOUSE ハウス』 大林宣彦
  池上季実子と大場久美子が残像を残してフレームアウトし、残された残像はさらに廊下に出る二人のカットにオーバーラップする。

 他にも古い8ミリフィルムを模したモノクロ映像の中でオバチャマが握りしめる薔薇と流れる血の鮮烈な赤、歯車の中でオレンジ色に照らされて血を流し瞬きするスウィート、布団に襲われるスウィートを床の下から透視しているように撮った映像など、魅力溢れる描写が目白押しだ。
 セットと書き割りの合成で作られたオバチャマの屋敷や東京駅、列車の窓から見る絵でできた風景や青空の背景画、その後景に生身の人間が演じる実写でできた前景が合わさってできる虚構の世界。それらは現実を模倣する自然主義的なリアリティが緊迫感を生むのとは異なり、その不思議な世界に行ってみたいと思わせるような甘美な虚構ならではのリアリティを持っている。
 東京駅やバス停で見られる、現実の背景の更にその前にある背景は作品世界の構造を端的に示して見せてくれている。
『HOUSE ハウス』 大林宣彦
同一ショット内で書き割りの背景から直接、駅構内に移動する登場人物。書き割りの更に奥に存在するもう一つの書き割り。
それらは作品世界が虚構であることを曝け出し、作品の構造まで描写対象にして遊んでしまう。


 漫画のように誇張された演技、全編に無秩序に散りばめられた場違いなギャグ、性的でない場面に突如として現れるエロティシズム、若く美しい女性の描写等々も魅力的で、中でもオシャレの新たな母となる鰐淵晴子のシーンは物語上不要であるのにも関わらず…というより不要であるからこそ、より鮮烈な印象を残す。たっぷりと尺を取って、常に吹いている風に髪やマフラーを揺らめかし、淡いソフトフォーカスで捉えられ、実に蠱惑的で美しい。
『HOUSE ハウス』 大林宣彦
  胸がはだけるオシャレ。
  クライマックスでなぜか唐突なエロティシズム。
 これらの素晴らしい描写は作品の完成度のために統制されている気配が全くない。物語とは無関係であることが描写そのものを際立たせ、また自由を感じさせて益々我々観客を魅了する。

 物語は主要な登場人物が次々と家に食い殺されていくという怖く不幸なものなのだが、マンガのような浅いリアリティの水準、多彩で美しい描写、唐突なギャグなどによって現実的な怖さや悲しみは中和されて笑いさえ生み出す。戦争によって亡くした婚約者を化物となって待ち続けるオバチャマの物語も、その悲しい過去と愛の物語を語るのがまさに加害者の側であることで、それらの要素も作品のモチーフやテーマに結びつくことなく、ただ無意味で魅力的な意匠の一つとして作品を彩っている。
 その無秩序な混沌の中で描写の魅力だけが際立ち、どこまでも軽く楽しい。『HOUSE ハウス』は無心に遊ぶ子供のような映画だ。これほど映画の楽しさを味わわせてくれる映画は他にないだろう。

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