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『ときめきに死す』 森田芳光の才能が発揮された一本

監督 森田芳光 1984年

 醒めた描写と虚無的な物語に新鮮な面白さがある。心理を排した客観的な描写の冷たさ、登場人物たちの営みから意義が失われていく物語の虚無感、それらが一般的な娯楽映画の感情を刺激しようとする描写と物語の肯定的な嘘に慣らされた我々観客の目にはとても新鮮だ。

 描写は観客に感情移入を促すことなく、物語も終盤までほとんど何も起こらず淡々と進む。が、その奥底には劇的な意味作用が密かに流れていて決して退屈はさせない。いや、途中多少冗長に感じさせる部分はあるかもしれない。若い二人組の女たちはいかにも類型的だし、元医者の男が何かというとすぐに「歌舞伎町」を口にするのも同様だ。宗教施設屋上での大人数の信者たちの処理なども記号的で陳腐に見えるかもしれない。しかしそういった部分は多くはない。

ときめきに死す
 改札を通らず外に出ている工藤。キャラクターは説明される
 ことなく表現される。
 広角レンズと短いカットの連続で描かれるピンボール、激しい雨、電車で駅に到着しながらなぜか改札を回避する男など、冒頭から独特の描写に微妙な快感がある。説明や作為的になりがちな心理描写を排除することでリアリティは高まり、物語の展開には謎が生まれている。必要な情報をパソコンの画面でダイレクトに観客に提示するなど、語り口も工夫されていて面白い。こうして起伏のない物語が、しかし魅力的に展開していく。何も起こらない一見平板な展開をこれだけ魅せる映画にしてしまえるのはその優れた着想と確かな技術の証明だろう。

 抑制された音楽の使い方も印象的だ。男のトレーニング風景、車窓に流れる閑散とした海辺の町など、音楽の使用される箇所はまさに音楽が必要不可欠な場面として演出されていて、もし音楽がなければその場面ごとカットしてしまった方がいいのではないかと思われるほど、ピッタリと嵌っている。それらの場面では音楽の魅力が前景化され、それ以外の場面ではまったく音楽がない。描写の魅力を損なうことのない音楽設計がいい。その演出が音楽と描写、双方の魅力をより印象的にしている。

ときめきに死す
 頻出する食事シーン。
 雇い主、目的ともに不明な男二人・女一人の奇妙な同居生活、不可解な宗教団体、パソコンを操作する子供などの謎めいたシチュエーション、やがて明らかになってくる不穏な目的…。淡々とした展開の中に目立たない形で謎とサスペンスが蠢いていて観客の興味を持続させる。その表現の微妙さも魅力だ。
 そして少しずつ各々の個性的なキャラクターが明らかになっていき、ナイフ・コレクションが趣味の工藤は変人であるとともに危険でもあることが分かってくる。元医者の大倉は礼儀正しいがやがて粗っぽく性欲旺盛な素地を表し、途中参加の女はなぜか自分から二人と寝たがる。
 これらの描写と展開の中に観客にとっては特に意味を持たない──もしかしたら退屈なだけかもしれない──何気ない食事シーンが執拗に織り込まれ、やがてそれぞれのキャラクターの性的情動とその行為も三者三様に描き出されていく。また更に目立たないが、大倉が寝ているところを電話で起こされたり「何時に起きたんですか?」「まだ暗かったです」等の対話、ベッドや布団など、眠ることに関する描写が所々に出現する。彼らは食べ、セックスし、眠るのだ。そして工藤と女の脈拍を測るのが大倉の日課だ。描写は人間が生きるということ、そして彼らが生きているということを描き続けている。

ときめきに死す
 三者三様に描き出される性の営み。
 心理描写を排した視点の中で、それら食べることやセックスなどに執着する描写が、普遍的な生を浮かび上がらせてゆき、その上でそれまでの彼ら3人の営みを一気に無意味にする終盤の展開が改めて彼らの生から価値を奪う。ラストでは全編に漂う静寂を破って激しい血飛沫と絶叫が生を爆発させる。しかし、その生の燃焼がラストシーンの後に訪れるであろう死に接続されているのもあまりに明白だ。物語は非常に単調に見えて、その実、人間の生が帯びている虚無を見事に焙り出している。

 『ときめきに死す』は派手さがなく人目を引くタイプの作品ではない。激しい感情やスペクタルもない。しかし、代わりにガラス越しに熱帯魚を観察しているような静かで繊細な面白さを与えてくれる。人間の生を冷たく客観的に描き出した映画だ。

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