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『ドリームチャイルド』 愛情に溢れたオマージュ

監督 ギャヴィン・ミラー 1985年 イギリス映画

 『ドリームチャイルド』は良質の娯楽映画だ。よくできた堅実な作りで『不思議の国のアリス』のファンタジーとしての魅力、郷愁に満ちた『黄金の午後』を具現化していて、特に原作の読者には素晴らしい贈り物となっている。原作の一部を映像化した部分はこれまでに映画化されたどの『不思議の国のアリス』よりも魅力的だ。
 また、意図したものではないだろうが、過去と現在、幻想と現実が入り混じった恍惚の世界を垣間見せてくれるのもこの映画の魅力だ。それを意図し銘打った作品よりよほど実感が籠っている。

『ドリームチャイルド』 「黄金の午後」のアリス
  「黄金の午後」のアリス
 内容は『不思議の国のアリス』、アリスやルイス・キャロルことドジソンの心理、若い二人の男女の恋愛が描かれるが、描写はそれらのいずれにも深入りせず、軽く表層をなぞっていくだけなので、深刻にならずに楽しめる。また登場人物も、80歳の老婦人として、また7歳の少女としての二人のアリス、30歳前後のドジソン、若いジャックとルーシーなど老若男女の多様な視点が導入されていて、年齢性別に関わりなく誰もが興味を持って見ることができる。これらの点も『ドリームチャイルド』を癖のない見やすい映画にしている。

 物語は1932年、80歳のアリスが付き添いのルーシーとともに船でニューヨークに赴くところから始まる。ルイス・キャロル生誕100年祭ということでコロンビア大学から名誉学位を授かることになったのだ。彼女を金儲けに利用しようとするジャックとのやり取り、彼とルーシーの交流などが描かれ、アリスはドジソンと過ごした頃の思い出や不思議の国のアリスとしての幻想を垣間見るようになる。最後にルーシーとジャックは結ばれ、アリスはコロンビア大学でドジソンへの感謝を込めたスピーチをして拍手喝采を浴びる。その時、彼女は心の中で7歳の少女としてドジソンとともに不思議の国にいるのだった…。
『ドリームチャイルド』 狂ったお茶会
  狂ったお茶会
 ほとんど何も起こっていないようだが、時折挿入されるアリスの思い出と幻想がこの単純な物語を郷愁に満ちた美しい映画にしている。
 ちょっとしたことだが「ルーシー」の名前もいい。イギリス人の観客ならすぐにルイス・キャロルに影響を受けたビートルズの「ルーシー・イン・ザ・スカイ」を連想するだろう。『ドリームチャイルド』は全てがルイス・キャロルと『不思議の国のアリス』へのオマージュなのだ。

 最初の場面から幻想シーンが魅力的だ。マペットの代用ウミガメとグリフォンが素晴らしい出来で、80歳のアリスはカットが変わると7歳のアリスだ。彼らが佇む海辺の暗い情景もいい。他にも狂ったお茶会の場面など、この映画で再現された『不思議の国のアリス』の情景はどれもが出色の出来だ。撮影や編集は平凡だが、それらのシーンはあくまで原作のほんの一部でしかないことで観客の興味を掻き立て、更に現実のシーンに挟まれることでその幻想性はより強調されて益々魅力的に見えてくる。
 回想シーンも美しく、19世紀のオックスフォードの自然と建築物、その意匠、当時の服装などが自然と思い出をより甘美なものにしている。
 中でもアリスが初めて意識のある状態で不思議の世界に入り込む場面がいい。鏡に映るドジソンの後姿、消えた受話器からテーブルについている帽子屋と三月兎へと移る視線、そして狂ったお茶会へと至る一連の描写は日常が実にスムーズに非日常へと接続されている。「本当だったらいいのに」 観客は幼いアリスと全く同じ感情を抱くに違いない。
『ドリームチャイルド』 鏡に映るドジソンの後姿、消える電話、そして扉の向こうにある不思議の国へ。現実の世界が地続きに不思議の国に繋がる魅力的な場面
鏡に映るドジソンの後姿、消える電話、そして扉の向こうにある不思議の国へ。現実の世界が地続きに不思議の国に繋がる魅力的な場面


 ただ、如何にも説明的な背景音楽はない方がよかったかもしれない。このシーンは描写そのものに魅力があるので、音楽が描写の生み出す繊細な情感を妨げてしまっている。
 他にもそこまで作り込まれた作品ではないので多少粗が見える部分もあるが、ドジソンだけはもう少し何とかならなかったのだろうか? イアン・ホルムの演技はいいのだが、そもそもの設定がおかしい。どういう意図があったのかは分からないが、この映画のドジソンは到底30歳には見えない小太りの中年男だし、正直言ってカッコ悪すぎる。これがリアルな現実ですよということだろうか? 過去の思い出は美しくあるものだが…。

『ドリームチャイルド』 不思議の国にいるアリスとドジソン
 万雷の拍手の中、アリスは7歳の少女としてドジソンとともに
 不思議の国にいる…
 この映画オリジナルの面白さは、近づく死を予感している80歳のアリスが現実の世界に生きつつ、回想や幻想の世界にも生きていることだろう。彼女にとっては過去と現在、現実と幻想が等価になっているようだ。過去は生き生きと追体験され、幻想の中でアリスは7歳の少女に戻って不思議の国に遊ぶ。人は年齢を重ねるごとに、意識が混濁し、記憶は薄れていく……。現実と虚構の境界は曖昧になり、過去はかけがえのないものとして益々その価値を高めていく…これが老いというものなのだろう。この黄昏時の主観世界がとても魅力的だ。おそらく年を取ってからでしか経験できないはずの世界がアリスの主観から描出されることで、観客も実感を伴ってそれを疑似体験することができる。この映画はいつか我々観客自身も辿り着く境地を描いてみせてくれているのかもしれない。 

 恍惚とした幻想の中で再会するアリスとドジソン、やがて沈黙しシルエットとなるグリフォンと代用ウミガメ。無邪気な喜びと静かな終わりを感じさせて映画は幕を下ろす。

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