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『あの夏、いちばん静かな海。』 生命の素地が持つ美しさ

監督 北野武 1991年

 平凡でありふれた人物と出来事、それをそのまま曝け出す描写、聾唖に設定した主人公、常在する海、全てにおいて着想が非凡だ。

あの夏、いちばん静かな海。 この映画は特別な人物をその特別さゆえに価値あるものとして描くものではない。ありふれた人々のありふれた出来事を描いている。登場する人物も起こる出来事も現実そのもののように平凡でありきたりだ。卑小と言ってもいいだろう。この内容であれば、描写は小さな出来事をクローズアップしていかに重大さを演出するか、つまらない現実をデフォルメしてどう映画的に見せるかなどが重要な問題となってくるはずだ。そうでなければ退屈極まりない映画になってしまう。普通はそう考えるだろう。
 が、この映画は初めから発想が全く異なる。『あの夏、いちばん静かな海。』は平凡さを描き、そこから普遍的な生を抽出しようとする。人と出来事の平凡さを客観的なカメラワークによって素のまま観客に曝け出し、あくまで現実を現実のまま見せる。海やサーフィンが連想させる明るく楽しい青春映画からは懸け離れた魅力を持つ映画だ。

 主人公を聾唖者に設定しているのも観客の共感を誘い、感動的な映画にするための手段でないことは映画を見始めてすぐに分る。特殊な設定を持ち込みながら一切強調することなく、そこを素通りするニュートラルな視点が淡々とした日常を見事に浮かび上がらせていく。
 言語を排した描写が、彼らが聾唖者であることで自然に見え、同時に描写そのものの純度は否応なく高まっている。そして彼らの身体的な感情表現が静かに生きものの普遍的な生を醸成していく。言葉を語らないのは単なる設定ではなく、この映画そのものの性質だ。

 静かな海、ゴミ収集車の二人とそこに響くエンジン音、壊れたサーフボードとそれを見つめる若者。カットが変わってもずっと固定カメラで対象を捉え続ける撮影。余計な感情を付与することのない潔癖な視点とカット毎の音の対照が新鮮で、描写は冒頭から魅力的だ。

あの夏、いちばん静かな海。 北野武の映画はリアルな人物描写が魅力だが、この映画でもそれが虚無的な視点に拮抗するだけの力を持っている。登場人物は皆、とても物語のために作られたとは思えない生きた人々で、演技自体は下手な部分もあるが、演技設計が素晴らしい。主人公たちをはじめ、素っ気ない愛情を示す同僚、バスで席に座るよう勧めるお婆さんなど、その繊細な人物描写は常に彼らを目的として尊重し、決して手段として扱うことはない。作り手の愛情が伝わってくるようだ。特にサーフィン用品店の店主などいかにも実際に存在していそうな現実感がある。
 また、普段我々があまり会うことのない聾唖者がゴミ収集の仕事をしているなど、事実かどうかはさておき、実に自然で、リアリティを持って作品世界に存在している。チャイムで回り出すサイレン灯、放り投げられる窓の外の靴などもいかにもそう在りそうなリアルさだ。

 作業服を含めた服装全般とゴミ収集業者の事務所などが綺麗過ぎるのは少し残念な点だろうか。他にもやや饒舌な使い方になっている音楽、カーテンコールのようなラストなどが作品に甘い甘い味付けをしていることなどは、この映画が本来持っている力を少し弱めているように見える。

 この映画は極端な言い方をすれば社会的には無用な人々を描いている。主人公の茂や恋人の貴子は目的も動機も持たず、何事かを成し遂げ認められなければならないなどとは露ほども思っていない。物語の主人公としては異例かもしれないが現実を描こうとするこの映画にはピッタリだ。茂は壊れたサーフボードを目にしてサーフィンを始め、やがて仕事をサボるようになるし、サッカーをしていた二人組の少年たちも将来設計などまるで考えていない様子で、気まぐれにサーフィンを始めて夢中になっていき、ラストでは新品のサーフボードを揃えている。皆、平凡であるとともに今を生きている人々だ。刹那的な生き方と希薄な社会性、その平凡さの中にもある小さな喜びや悲しみ、そして言葉を持たない主人公たち……そこに浮かび上がってくるのは人間の、というよりもっと普遍的な生命の在り様だ。

あの夏、いちばん静かな海。 描かれる出来事にも劇的な部分はなく、映画でありながら物語的であるより我々の生きる現実そのもののように展開していく。二人のケンカと仲直りは他愛ない嫉妬で始まり、茂が貴子の家に赴くことで何となく終わる。茂はサーフィン大会にエントリーしながら出場できず、2回目の大会では下位に入賞する。取り立てて言う程のこともない絶妙な平凡さだ。現実を描いたこの映画においてはそれこそ映画で見るような夢と希望を具現化したような巨大な波が来るはずもなく、観客に代わって盛り上げてくれるはずの観衆も勿論いない。曇天下に小さな波が立っていて会場は閑散としている。何もかもが悲しいくらいに現実的だ。
 彼らの主観にとって劇的でかけがえのない瞬間が、客観的な視点から何一つ特別なところのない惨めな現実として映し出されていくのが悲しく、美しい。愛情溢れる細やかな人物描写と冷たく客観的な視点とが相克し、ありふれた平凡な生に宿る美しさを見事に浮き彫りにしている。
 そして茂の唐突な死と彼のいた位置を見知らぬ人物が占めている様子が淡々と描かれ、それが更に生命のかけがえのなさと無意味さを際立たせる。その主観と客観に引き裂かれたアンビバレントな情感は却って様々な色付けを剥ぎ取られた生命の素地そのものの持つ美しさを露わにしている。

あの夏、いちばん静かな海。 静かな海の画で始まった映画は繰り返す波の音で終わる。印象的だ。サーフィンを始める主人公を追っていく展開によってごく自然に描かれていく海。人々は波打ち際に佇み、海を眺め、波に乗り、移動の際は船を利用し、車は海辺の道を行く。
 刹那的な生とそこに常にある海が緩やかに連関していき、映画を見終わった後、寄せては返す海と彼らのはかない生命は観客の中で一つのものとなっているだろう。

 平凡だがかけがえのない生を語る物語、海を、波を描き続ける描写、そしてそれらを冷たく客観的に捉える撮影。全てが互いに意味を与えあって全体としての見事な映画を作り出している。
 『あの夏、いちばん静かな海。』は偶有的で一度限りの生のきらめきを捉えた美しい映画だ。

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