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『アニー・ホール』 軽薄さと真摯さのバランスよいコメディ

監督 ウディ・アレン 1977年 アメリカ映画

アニー・ホール 回想の中で過去の人物と会話するアルビー 観客にとってこの映画が感慨深かったとすれば、それは誰しもが思い当たるような人生の喜びや悲しみを滑稽に、そしてノスタルジックに描き出しているからだろう。男女が出会い、別れ、恋に落ちてやがてそれが冷め、相手の方から好きになられ乗り気でなかった恋には後々まで引きずられ忘れることができない…。その心理の過程や登場人物たちの感情にリアルな実感が伴っている。人生を楽しく可笑しく語り、最後はほろ苦い。よくできたコメディ映画だ。

 しかし変わっているのは主人公のアルビーが常に躁状態の軽薄さを保ちつつ、実はニヒリスティックな世界観に取り憑かれていることだろう。彼は幼い頃から「それが何になるの?」と根本的に価値を否定する言葉を発していて、その時カウンセラーに言われた通りこの世の終わりまで遊んでいようと決心しているかのようだ。非常に実在感の強いリアルなキャラクターだ。作品世界もリアルで、マハリシ、「反体制」、麻薬、精神分析など ’70年代の雰囲気が実によく描かれている。作品世界やキャラクターとその心理に感じられる本当らしさがこの映画の魅力だ。
 また、人物だけでなく作品そのものの人間観にもニヒリスティックな傾向が見えるが、ウディ・アレンの監督作としては、それが後年の作品ほど前景化されていないこともこの映画を見やすくしている。彼の作品の中では最もバランスがいいかもしれない。

 語り口も個性的だ。アルビーはカメラに向かって自ら語りかけ、回想シーンに直接登場して過去の人々と対話する。他にも画面を2分割にして二つの場面を同時進行させたり、心理を字幕で描写したりと面白い表現がたくさんある。話法に留まっていて、作品世界の自己言及的な面白さや異化効果などの魅力にあまり繋がらないのは少し残念だが、語り口としてはとても面白い。

アニー・ホール 観客に向かって語りかける登場人物 一方で、全編に漂う軽薄さは好悪が分かれるだろう。これはウディ・アレンの個性なので、どうしようもない。フェリーニやベケットを偉そうに批判する男に苛立つアルビーの気持ちはよく分かるが、ベルイマンの映画を見るアメリカ人が「悲しみと哀れみ」について語っているところを見せようとするこの映画そのものが観客に同じ感情を抱かせるだろうということについては、特に配慮されていないようだ。
 主人公も幼い頃からクラスメートがみんなバカに見えていたような人物で、不用意に他人をステレオタイプの左翼や右翼に見立てて軽口を叩いたり、冗談も死についての話題も同価値のように軽く語る。そして映画はそれに対するアイロニーを持たない。つまり作品もその主人公もともに軽薄で、それが映画そのものの性質になってしまっている面がある。その性格が主人公だけのものであったらかなり印象が変わっただろう。
 ただ、その軽薄さは根底にあるニヒリズムによって何とかバランスを保っていて、作品の価値をそこまで大きく損ねてはいない。

 アルビーは勿論ウディ・アレンではないが、作品の性質、主人公のキャラクターともいい面も悪い面も含めとても正直な映画だ。

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