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『悪い奴ほどよく眠る』 部分の魅力と低い完成度

監督 黒澤明 1960年

 内容的には同時代の現実的問題を取り上げた映画だ。題材そのものがリアルな現実性を要求している。それに応えて描写はリアリズムを徹底する。しかし描かれる人物や出来事は極端に誇張されていて非現実的かつドラマチックだ。復讐劇を語る物語や派手な演出、リズミカルな編集によって非常に面白い劇映画になっている。が、リアルな描写と誇張された人物やストーリーが齟齬を起こしてアンバランスで奇妙な印象を与えもする。それはそのまま、真剣な制作意図とそれをスリルとサスペンス満載の面白い娯楽映画に仕立てようとする技術の齟齬であるように見える。

『悪い奴ほどよく眠る』 黒澤明:異なる意味が重なり合う結婚式の描写 冒頭からのおよそ22分間の高い完成度と斬新さは確かにそれだけでも見る価値があるものだ。絵に描いたようなブルジョアジーの豪華な結婚式、ハレの式典を彩る表層の儀礼と祝福、そこに儀礼の欠片もない記者たちが現れ、式の進展に隠された裏の意味を暴いていく。礼節にかなった装いで、しかし本音を吐露する新婦の兄は表と裏、二つの表現を接続して不吉な予言を為し、後に表層を剥ぎ取られ獣に還る守山はここでは改まった態度で祝辞を述べている。

 あらゆる細部に意味が充填されていて、服装や発言などの表層が表す明示的な直喩にその表現を媒体とした暗喩が重なり、豊かな意味作用を持った魅力的な場面だ。シーンそのものが映画全体の暗喩となっている。そしてその長大なシーンから一転、時間を圧縮し事件の推移を簡潔、リズミカルに繋げていく編集には映画としての魅力が凝縮されている。黒澤が生涯に作り出したもっとも充実した22分間かもしれない。ここで見るのをやめてしまえばこの映画は傑作として記憶されるだろう。

 しかし実はそこにこの映画の弱点もすでに顔を覗かせている。内心の動揺を演技で露わにする過剰な表現、感情をそのまま言葉にした直接的な台詞、ウェディング・ケーキに施された大仰な仕掛け、何もかもがマンガのように大げさでわざとらしい。
 その後も自殺未遂はわざわざ見栄えのいい阿蘇山で行われ、子供騙しな幽霊の真似事は実に凝った演出でシリアスに描出される。極め付けは西と佳子のママゴトのような結婚生活だ。西は復讐のために岩淵の娘に近づいたのだが彼女を愛してしまったという筋立てだ。この通俗小説のようなプロットを一流の脚本家が5人も集まって作り出しているのだから驚いてしまう。終盤でもそのメロドラマのような展開に現実への深刻な問題提起のようにも見えるハッタリの効いたラストが繋がれて、ちぐはぐな印象を与える。
 根本的な部分で、ドラマのために都合よく作られた架空の人格や物語が持つ軽薄さと重厚な描写とが全く噛み合っていない。その不協和音は全編を通じてこの映画の最大の弱点となっている。

 登場人物たちは当時も今も現実の日本人を描いた映画としてはかなり奇異に見える。彼らの多くが個人主義者で、関係性への依存が極めて希薄な自我を持っている。特に西と板倉は二人揃って道徳律を内在化したキャラクターとなっていて、日本で生まれ育った人物としては大変不自然だ。作品世界もそれに呼応して彼らが自然に存在できる文化と社会を持った異世界の日本となっている。

 そして、物語は類型的だ。黒澤は外国文学の映画化をいくつも成功させているが、この映画が「ハムレット」のように見えてしまうのはどうだろう? 封建時代の物語を現代の日本に移植した無理が作品の様々なところに綻びを生じさせているように見えるし、原作の表層をなぞっているだけの皮相さしか感じさせない。

『悪い奴ほどよく眠る』 黒澤明:苦悩する岩淵 現実的な問題を扱いながら現実性を欠いたこの映画は我々観客の生きる現実には何の影響も与えないだろう。観客を退屈させることなく楽しませてくれる映画だが、ただそれだけならその種の映画の多くに埋もれてしまってもいいのかもしれない。それを否認するのは全体の完成度ではなく、数ある映画の中でも稀な高みに達した部分の美しさだ。冒頭の充実した22分間は決して無視できるようなものではない。

 他にも発狂に至るまでの西村晃やたった1シーンで強烈な印象を残す田中邦衛、中でも岩淵の人物設定や描写、森雅之の演技がいい。類型的な悪漢のように見える人物がやがて善良な家庭人として、また権力機構内の機能でしかない存在としてなど、様々な人間的側面を獲得して複雑な陰影を帯びていき、確かな存在感と魅力を備えていく。デビュー作の『姿三四郎』以来、倫理と邪悪さに執着し続ける黒澤の面目躍如といったところだろうか。

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コメント
新聞読んでもニュースを見ても鵜呑みにしてそうな裏社会を垣間見たこともない子供が書いたような感想文だな。

社会勉強でもしたらどうだね。
Re: タイトルなし
> 新聞読んでもニュースを見ても鵜呑みにしてそうな裏社会を垣間見たこともない子供が書いたような感想文だな。
>
> 社会勉強でもしたらどうだね。

何か主張している時には必ずその根拠を挙げているはずなので感想文にはなってないと思いますよ?
「子供が書いたような感想文だな」と感じた理由を挙げてもらえれば対話もできそうですが、どうでしょう?

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