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『生きものの記録』フレーム内にひしめき合う演技の合奏

監督 黒澤明 1955年

 群像劇が素晴らしい。それを生み出す人物の配置、キャラクター、その描写、中でも主人公である中島のキャラクター造形、三船敏郎の演技は特にいい。不器用な愛情、独善性、旺盛な生命力等々、実によく描かれていて魅力的だ。このキャラクターを見られるだけでも価値のある映画。
生きものの記録 実際これは彼の映画と言ってもいいだろう。あらかじめ用意された物語などなくても彼の思考、言動を追っていくことでそれがそのまま映画になる。
 中島には良いところも悪いところもあり、その点我々観客と変わらぬ存在だ。しかしその純粋な愛情は誰にも真似できない。他者に対する愛情によってこれほど苦しめられる人物がいるだろうか。自分のことだけでいいならいくらでも逃げ道はあるのに。
 そして核兵器の本質を唯一人直観している人物でもある。それは彼を取り巻く人々や我々観客の論理がまったく追いつくことのできない早さだ。そのせいで作中の人々や観客の目には彼が化け物のように見えるかもしれない。しかしそれは彼が実は傑出した人物であり、我々が追いついていないだけだ。最終的に人類そのものの抱える矛盾が彼を破綻させる。彼はその直観によって誰よりも早く絶望的で必然的な結論にたどり着いた。我々観客は彼の家族と同じだ。日々の生活と社会の常識に生きていて彼の認識に追いつくのはずっと遅い。またたとえ問題の本質にたどり着けたとしてもその重大性までは彼のようには認識できないかもしれない。

 周囲の人物もとてもいい。主人公の中島が破格なのに対して家族たちは皆現実に存在している人々のようにリアルだ。しかし中島と同じようにそれぞれ個性を持ち、ちょっとした台詞、しぐさからも自分自身を表現していて、演技そのものに魅力がある。そして彼らには彼らの正しさがあることも明らかであり、最後に分るように激しく対立しながらもそれぞれに中島を愛してもいるのだ。俳優陣の演技のアンサンブルにこれほど魅力のある映画も滅多にないだろう。

 また、それを支えるカメラワークも魅力的だ。大人数を一度に捉える構図。その中でカメラに背を向けている人、横を向いている人、全ての人がそのキャラクターを主張している。中島も含め彼らがそれぞれの言動によって拮抗し事態が流動していく様は実に面白い。

生きものの記録  美術もその歴史を感じさせる大きく薄汚れた鉄工所、病院の外を走る路面電車の架線、高架下のトンネルから見える街並等々、黒澤の映画では『天国と地獄』などもそうだが、この作品でもそれらの存在自体に魅力がある。こういった魅力は公開当時より時間を経た今の方が増しているかもしれない。

 終盤、工場の焼失以降にやや冗長になる。病室から太陽を見るシーン、ラストの階段のシーンのように力強く魅力的な映像も含まれているが、拘置所のチンピラや病院の精神科医などの描写が映画の印象を少し弱めている。特に精神科医の語りは非常に陳腐な印象を与える。
 ある意味で中島が正しいということはもうそれまでに十分描かれているのだ。核兵器の問題に個人として対処しようとするなら彼は全く正しい。劇中の家族たちや映画を見ている我々には同意できないというだけだ。しかし、我々人間が社会に依存せず、自然状態であったなら誰もが彼のように行動するだろうし、彼が強い生命力の持ち主であり、社会の中で社会に依存することなく野生動物のような賢さを持って生きてきたことも、社会が逆に彼の生きものとしての自然で根元的な生存への希求を阻む強大な敵となっている状況も実に明快に描いてきたではないか。なぜ今さら言葉で語る必要があるだろうか。蛇足そのものだ。

 最終的にストーリーはどうしようもない矛盾に直面して悲劇に終わる。しかしこの映画は所謂悲劇ではない。綺麗に整った悲劇の構成に当てはまることなく、カタルシスもない。人々の葛藤を容赦することなく突き詰めることで辿りついてしまった思わぬ結論だ。それをまったく装飾することも美化することもなく、そのままの形で観客に提示している。それがこの映画の真の価値だ。

 黒澤にとっては『酔いどれ天使』以降追求してきた性質の異なる人々の対立と葛藤の最終的な結論であり、到達点だろう。『羅生門』や『七人の侍』では見かけ上のハッピーエンドを維持していたが、ここでそれも不可能な地点にまで行き着いている。以後、彼の映画にこのモチーフは二度と表れない。彼の代表作の一つに挙げられるべき映画だ。

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