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『ゴッドファーザー』 巧緻を極めた表現と卓越した着想

監督 フランシス・フォード・コッポラ 1972年 アメリカ映画

 我々人間の営んでいる社会生活からその生存競争としての本質を抽出したような内容、設定・物語・描写に通底するリアリズム、多彩な対照描写などがこの映画の魅力だ。また、表現面では個々の構成要素がそれぞれ堅実で優れていて、ほとんど欠点らしい欠点がない。そして、この映画はそれらの優れた特徴を観客に意識させない。斬新さや突出した技巧で観客を驚嘆させることより、抑制された表現によって醸成するリアリティと、頻出する作為的な対照描写に与える自然さの方がずっと重要なのだ。表層の魅力を支えるこの堅実な演出こそが『ゴッドファーザー』の最大の美点かもしれない。

ゴッドファーザー 映画は冒頭から正攻法で観客に対峙する。葬儀屋の告白を正面からアップで捉える演出は、俳優にごまかしの効かない本物の身体表現を求めていて、告白する男の顔、陰影の濃い映像、ジリジリと遠ざかりやがてヴィトを入れ込むカメラの動き、何もかもがリアルな現実の重みを感じさせる。気迫のこもったオープニングだ。
 一転して明るい屋外では大量の人々がそれぞれに歓談し、生バンドに合わせて楽しそうに歌い、踊り、子供達が騒いでいる。これだけの大人数を相手にどのような演出手法を用いたのか、子供たちを含め人々の振る舞いは微塵も作為を感じさせることなく、本物の結婚式の一風景のように自由、かつ自然だ。
 この極めて高いリアリティの水準、ハレとケ、明と暗などの対照が、全編を通じてこの映画の表現上の魅力を形作っていく。

 物語の上でも、語られる人物や出来事が実話と見紛う現実感を備えていて、その中に新旧二人のゴッドファーザー、異なる二つの結婚式、マイケルをめぐる二人の女性、冒頭と結末で繰り返されるゴッドファーザーへの挨拶という同一シチュエーション、マイケルが正直に身内の犯罪を語る冒頭と自ら犯罪に手を染めそれを偽る結末など、様々な対照表現が仕掛けられている。

 描写におけるリアリズムは、ドラマの後景に何気なく映り込む女性たちが料理の準備している日常風景から、絞殺されるカルロが身をよじり皮を擦る音や蹴破られるフロントガラスなど緊迫したシーンまで全編に渡って緊張感を持続させる。ヴィトが撃たれる場面の赤ん坊の泣き声や犬の吠え声と覗き込む通行人たち、ポーリーが車中で射殺される場面での草を揺らす風や海鳥の声ときれいに包装されたお菓子など、異常な事態の背景にある日常描写の緻密さが更にリアリティを高め、出来事の異常さを際立たせる。
 マイケルがソロッツォを射殺する場面では両者の撃ち撃たれる動作を1ショットで捉え、背景音楽でなく列車の走行音が自然な音響効果となる。その強烈な現実感、インパクトを前に、演出の作為など観客の脳裏から吹き飛んでしまう。その手腕の的確、鮮やかなことといったらない。

ゴッドファーザー 対照表現は複数のショットによって屋内の後ろ暗い陰謀と華やかな結婚式の対比で描き出される冒頭場面や、一つのショットの中で明るい午後の日差しと無邪気に遊ぶ孫に対置されるヴィトの死など、様々な形で頻出する。中でも新旧二人のゴッドファーザーの部下がそれぞれ一人ずつ裏切り、共に車中で殺される場面では、ポーリーの射殺は鳥の声も聞こえてくる長閑な青空と草原を背景にロングショットで虚無的に捉えられ、カルロの絞殺はアップで激しい音と動きを伴って描かれる。二つの場面は離れた位置に置かれ、観客には対照描写であることさえ意識させることなく、その効果を発揮している。

 これらショット内からシーン間にまで頻出する対照表現は、洗礼式で道徳的な誓いを立てるマイケルと彼の命令による大量殺人の交差する鮮烈なクロス・カッティングによって頂点を迎える。厳粛な儀式と荒々しい暴力、誕生と死、道徳的な宣誓とそれを裏切る行為など背反する様々な要素がせめぎ合い、パイプオルガンの荘厳な響きがそれらを融合させる。その美しく充実した描写が物語の展開と軌を一にしてクライマックスを形成する。

 この上なく充実した映画だ。まず、個々のショットやシーンの表現がそれ自体として優れていて、かつ、そこには表層の礼儀正しさと隠された悪意、寛大な許しと裏にある冷酷な意志、打算によって裏打ちされた愛情溢れる言動など、背反する二重の意義が常にせめぎ合い、それらが更に他のショットやシーンと相互に影響し合って意味内容を変容させていく。





 何よりこの映画は、最初の着想が非常に優れている。宝石の原石だ。完成品に備わる魅力の多くが「マフィア」という実在する組織を描こうとした着想にすでに潜んでいる。そのイタリア系の犯罪組織は構成員が血縁と地縁で結びつき「ゴッドファーザー」を中心とした「ファミリー」を形成していて、中心には入れ子構造のようにある一つの家族が存在している。組織や中心人物などの呼称、その家族を模した犯罪組織の中核にある本物の家族など、物語のために創作されたかのようによくできた設定だ。この極めて映画的な存在を現実の中に見つけ出したマリオ・プーゾの着眼点が素晴らしい。その企画は万一、才能ある脚本家と監督を得たなら傑作となるであろうポテンシャルをすでに内在させている。

 実在に着想し取材した人物の設定や物語の展開はリアリティに溢れ、ドラマチックで映画的魅力に満ちていながら作り手の作為を隠蔽して実話のような迫真生をもたらしている。
 ファミリー/家族を描こうとする題材の性質は赤ん坊や幼児からその世話をする女性たち、結婚する若い男女、剥き出しの生存競争を生きる男たち、引退していく老人に至るまでの幅広い年代の人々を自然に登場させて多様な視点を用意する。さらに作中、描写が洗礼式、結婚式、告別式と人生の結節点を網羅していき、人間を共時的、通時的に広範な射程の中に描き出すことに繋がっていく。
 犯罪組織内の家族という特殊性は、死を含む非日常的で陰惨な暴力と、観客にも親しみ易い平穏な日常とを交差させ、映画はその魅力を映画的な対照表現に昇華するとともに、弛緩しがちな日常生活の描写に緊張感を通底させて、ありふれた日常の貴重さをも浮上させる。
ゴッドファーザー そうして出来上がった全体像は、文明社会の中で洗練され曖昧になった我々の生から虚飾を剥ぎ取り、本質としての剥き出しの生存競争の姿を突きつけている。

 また、物語の展開それ自体も魅力的で、主人公はマフィアの中枢に位置しながら犯罪に関わっていない善良な人物として登場し、家族を守るためという観客にも共感の得られる動機によって犯罪に関わり、最終的には自己の利益のために大量の殺人を犯し、平然と家族に嘘をつく人間になっている。スリリングな展開と逆転劇といった作劇の面白さの後で、残されるのは冒頭と結末の間でいつの間にか逆転している倫理観だ。観客は自らの裡に宿る「悪の平凡さ」に気付かない訳にはいかないだろう…。

 宝石の原石のような最初の着想、そこに秘められた可能性を十全に引き出した脚本と演出、的確なキャスティングと演技…… まるで完成品から逆算したかのように何もかもが有機的な繋がりを持ち理想的にうまくできている。ミューズに愛された稀な映画の一つだろう。

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