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『夜ごとの夢』 栗島すみ子の演技と成瀬巳喜男の演出

監督/原作:成瀬巳喜男 脚本:池田忠雄 出演:栗島すみ子 1933年

夜ごとの夢 主演の栗島すみ子 ヒロインの個性的なキャラクターとそれを表現した栗島すみ子の演技、そして成瀬巳喜男の技巧的で力強い演出がこの映画の魅力だ。特にその自己主張の激しい演出は当時の観客の記憶に否応無く成瀬の名を刻みつけたに違いない。若さと意欲を感じさせ、多少の稚拙さはあっても、円熟期の慣れに伴う退廃は全くない。この時期が成瀬の最初のピークだろう。当時のキネマ旬報年間ベストテンでは3位に選ばれている。4位は同じ成瀬の『君と別れて』だ。

 主人公のおみつが旅行から帰ってくるところから映画は始まる。

 彼女は酒場の女給で、店一番の人気者らしい。冒頭の水夫たちとの対話や酒場で男たちと談笑している様子は、映画的類型としての「水商売の女」そのままに見えて平凡な印象を与える。
 しかし、徐々にそれとは相反する描写が織り交ぜられ、彼女が薄っぺらな類型的人物ではないことを明らかにしていく。小さな息子と接する時の優美で愛情に溢れた立ち居振る舞い、小綺麗に整頓された部屋とそこに置かれている玩具、屈折したところなく素直に育っている様子の子供や善良な隣人との良好な関係……すべてが彼女の健全な人格を物語っている。
 一方で彼女は、善良な弱者というカテゴライズをも拒否する。子や職探しをする夫のいる家庭の経済を一人で支え、客の理不尽な要求にも屈する気は毛頭ないようだ。後半では息子の事故や夫の死など過酷な展開が彼女の表層を剥ぎ取り、益々その本質を露わにしていく。彼女は今まさに必要としていて是が非でも欲しいはずの金銭を拒否し、船長を殴り、夫の遺書を噛みちぎる。予想外の強靭な倫理観と意志の表出だ。そのキャラクターはかつて栗島が多く演じてきた弱く哀れなヒロイン達に対するアンチテーゼともなっている。
 人物設定とその見せ方、栗島すみ子の演技、いずれもが機知に富み、その表現は繊細でありながら挑発的だ。公開当時のインパクトは消え去ってもその表現の求心力は何ら変わらず、魅力を保っている。

夜ごとの夢 成瀬巳喜男の演出 また、女を肯定的に、男を否定的に描くのはいつもの成瀬だが、この映画では男の心理を細やかに描いているのもいい。それが斎藤達雄演じる夫が精神的に追い詰められていく過程にリアリティを与えてラストの展開も自然にしている。

 そして、この映画における成瀬の演出は非常に意欲的だ。急速なトラックアップが異常なほど多用され、おみつと夫を捉えた同一のフレームからそれぞれに対して連続して行われさえする。字幕そのものをアップで強調する手法にも驚かされる。その強引で過剰な演出は洗練されているとは言い難いが、非常に力強い。作り手の意図がダイレクトに伝わってきて、巧拙はともかく、その若々しくアグレッシブな表現は観客の心証としては決して悪くない。いや、好ましく蠱惑的と言ってもいいだろう。

 一転して終盤の描写では目まぐるしいカット割り、被写体の激しい動き、急速な寄りと引きなど、才気溢れる技巧で観客を惹きつける。逃げる足、受話器に向かって何事かまくし立てる男の顔、追いかけ、叫び、拳銃を撃つ警官など、状況や被写体の一部を短く切り取ったショットが連続し、その性急な描写は急展開する脚本にも合致して自然で、かつ動的な魅力に満ちている。成瀬がモーション・ピクチャーのモーションの魅力を追求する作品を撮ることのなかった事が残念になってくる。

 『夜ごとの夢』は内容に目新しさはなくとも、優れた人物表現と個性的な演出によって記憶されるべき印象的な映画だ。

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