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『東京の女』優れた表現と空虚な物語

監督:小津安二郎 出演:岡田嘉子・江川宇礼雄・田中絹代 1933年

東京の女:壁一面の時計が物語上の意味を持たず、あくまで表現としての魅力を発露する。
壁一面の時計が物語上の意味を持たず、あくまで表現としての
魅力を発露する。
 ほぼテクニックだけで出来ているような映画。内容的には無意味な悲劇だが、語り口が簡潔明瞭で決して観客を退屈させないし、逆にそのテクニカルな表現の面白さを堪能させてくれる。

 二人暮らしの仲のいい姉弟がいて、姉のちか子がタイピストをして生計を立て、弟の学費や小遣いを出してやっている。だが、実は彼女が夜いかがわしい水商売に従事していたことが発覚し、弟の良一はそれを苦に自殺する。ほぼストーリーは無いようなものと言っていいだろう。弟が死に値するとは到底思えない理由によってあっさり自殺してしまう唐突で無意味な展開が、尚更ストーリーの空虚さを感じさせる。題名の『東京の女』も本編と何の関連もなく、即興で作ったような脚本だ。
 しかし、それがさほど欠点になっていない。語られる内容より語り方に魅力があるせいだろうか、却って空疎な物語が表現の面白さに観客の目を向けさせる。

東京の女:登場人物の足と部屋の小物に執着する描写。 安定感のある三角形の構図が頻出して美しい画を作っていくし、カメラの位置がやたらと低く、常に背景に裸電球を捉え、天井の一部が見切れている。それらの映像が人物だけでなく人物のいる部屋そのものを描き、場を表現しているのがとても魅力的だ。他にも唐突に外国映画の一場面が挿入されたり、ヤカンをはじめとする部屋の小物や人物の足に執着する描写、移動撮影でカメラが道を進んでいき、やがて歩く足にフレームが追いつく映像など、個性的な表現が次々と出てくる。それらが物語の展開に束縛されない自由な表現の魅力に溢れていて全く飽きさせない。
 中でも、ちか子が夜の店で働いているのを観客が目撃するショッキングな場面での光と影の演出、良一の死が発覚するクライマックスでの、ちか子の部屋の時計と春江が電話で話している奥になぜか大量にある時計の対比などは特に面白い。後者の場面ではちか子が上方に視線を移すことで、壁にポツンと掛けられている時計がさり気なく描かれ、同時にこれまで頻出しながら常に背景だった裸電球、そしてチラチラと見切れていた天井そのものが、直接の被写体として初めて真正面から映し出される。更に次のカットでは大量の掛け時計が出現する。控えめながらまさに描写におけるクライマックスだ。
東京の女:三角形の構図とその背景に常にある電燈と見切れた天井が頻出する。そして最後に電燈と天井が直接被写体として捉えられる。
 頻出する三角形の構図とその背景に常にある電燈と見切れた天井。そして最後に直接被写体として捉えられる電燈と天井。

 語り口も優れていて、初めに物語の中心である姉弟をサクッと紹介すると、すぐに警官の調査が観客にちか子を注目させ、そこで話される真偽未確定の噂話が小さなサスペンスを生み観客の関心を持続させていく。やがてそのショッキングな真実を観客だけが目撃し、そこから更に起こる予想外の出来事が観客を驚かす。語られる内容に意義はなくとも、語り方に映画としての意義が備わっているのだ。

東京の女:ちか子が意外な側面を露わにする展開に合わせて、描写は光と影の印象的な映像を作り出す。
 ちか子が意外な側面を露わにする展開に合わせて、描写は
 光と影の演出によって印象的な映像を作り出す。
 それにしても良一は変わった人物だ。姉と一緒に暮らしていながら自分の生活費や学費がどこから出ているのか全く考えもせず、情報を伝えてくれた善意の第三者である春江には理不尽な怒りをぶつけ、姉を一方的に責めて暴力を振るう。そして自殺してしまう。驚くべき幼稚さ、愚鈍さだ。きっと彼にとっての金は、自分がもし ”百万円貰ったら” などという夢想の対象でしかなかったのだろう。もしかしたら1933年の人物は一般的にこんな特異な考え方をしていたのだろうか? それなら彼の評価も考え直さなければならないような気もしてくるが…。現代の観客としてはちょっと不安になってくる。しかし、勿論そんなことはない。最後にちか子が教えてくれる。良一は「このくらいのことで死ぬなんて」「弱虫」なのだ。

 個性的な表現に魅力があり、普遍性を持たない物語はこの映画の弱点でありながら、表現の魅力を際立たせる長所ともなっている。少し変わった面白い映画だ。サイレント期を含めた小津の戦前の作品としては『生まれてはみたけれど』等の小市民映画とは異なる、もう一方の系譜における代表作と言っていいだろう。

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