FC2ブログ

記事一覧

HOME

『君の名は。』日本の美意識が反映された清新なアニメ映画

監督/脚本:新海誠 2016年
『君の名は。』冒頭、空の描写『君の名は。』新宿の街

 心の琴線に触れる映画だ。完成度は低く、作品の綻びは目に見えて大きいのに感情を揺り動かされる。
 広大な空を描き続ける描写が人の存在をちっぽけにし、緻密に描かれた作品世界は想起された過去のように美しい。その中で偶然と奇跡によって紡がれる人の物語は甘く、感傷的で、憧憬を掻き立てる。


 映画は空の絵から始まる。冒頭、彗星を追う視点が空を描き、その下にある地表を写す。ここからではもちろん人は小さすぎて見えない。その後に視点は微細な人の世界に移り、喪失感を抱えた二人の男女を個別に描き出す。描写によって作品世界を広大な空間に位置付けた上で小さな人間の偶然的で奇跡的な物語を語っていくのだ。その、人の存在の儚さを感じさせる映像と二人の郷愁を伴ったモノローグが繊細で叙情的な作品世界を醸成している。

 この映画における空は単なる背景ではなく、どの登場人物にも劣らない重要なキャラクターとなっている。それは街の彼方に、また鳥居の上に、雲の上から、時に見上げられ、星が流れ、目まぐるしく昼と夜を入れ替えて、実に様々な表情を見せる魅力的な存在だ。
 人間たちはいかにもアニメらしく極端にディフォルメされている。しかし、それ以外のものが対照的にリアルな現実を再現する。三葉の家の引き戸、ミロナミンCの古い看板、青々とした木々、缶コーヒー。すべてがリアルだ。通常のアニメ映画が単なる背景として扱う作品世界と人間以外の様々な個物とが偏執的とも思える入念さで描かれ、強烈な存在感を放っている。さらに現実では醜く見える雑然とした新宿の街並みや田舎町のスナックまでもがリアルでありながら美しい。絵であることの特性を最大限に生かしていて、アニメーション映画としての魅力が全編に漲っている。この点では他の追随を許さない傑出したアニメと言えるだろう。

『君の名は。』三葉の家の引き戸『君の名は。』「誰そ彼」の板書 また「誰そ彼」や組紐、口噛み酒、「むすび」など、古くて、同時に今も生きているやまと言葉を意匠として取り込んでいるのが非常に清新な印象を与える。「夢」の扱いにおいても、この映画は決して近代に付け加えられた肯定的な意味での「夢」を語らず、古来の儚く朧げな「夢」を語るのだ。夢は瀧や三葉らにとっては現実でもありとても大切な体験のはずなのに、現実からも記憶からも失われ、淡く悲しい非存在に移りゆく。
 これらは日本のアニメーション映画が日本人によって日本で作られているにも関わらず、なぜか外国を舞台に外国人を描いたり、日本を舞台にしても素通りしてしまい、これまで何故かあまり見せてくれなかった貴重で美しい要素だ。
 「誰そ彼」やノートに書かれた「お前は誰だ?」「君の名は?」などの根源的な問いにもとても惹きつけられるが、それらは同時に単なる意匠ではなく、物語のプロットに沿った描写として、物語の伏線として機能していて、ごく自然に作品の中に佇んでいる。

 前半は物語があまり展開せず、戯画化された想像を漫画の吹き出しで描写する三葉や「アイツに悪いか」と言いながら自分の胸を揉みまくっている瀧など、只々無意味で面白く、観客は何も考えずにその美しい描写とコミカルな展開を純粋に楽しめる。二人が互いの入れ替わりに気づいた途端、挿入歌に合わせてリズミカルにテンポを刻んでいく編集も軽快だ。

 ただその後はプロットにもキャラクターの言動にも少しずつ無理が生じてくる。物語の展開には整合性がなくなり、キャラクターの行動からはリアリティが失われる。特に物語が急展開していく終盤では瀧が3年前の大災害を知らない理由は描かれないし、三葉の友人たちが大胆なテロ行為に加担するにも動機が大幅に不足していたりと、傷口が大きく広がっていく。
『君の名は。』組紐『君の名は。』昨日と三年前からの再会 しかしリアリティや整合性を失いつつも、人や時間を結びつけた暗喩、御神体に奉納された口噛み酒、3年前の二人の邂逅など、前半に仕組んであった伏線は正しく機能していて、理屈として破綻している一方で、感情の流れとしては自然さを保っている。
 そして途中、時の流れに対する感慨など、作品に反映された伝統的な日本の美意識が予期させていた悲しい結末を転倒させて、気持ちのよいハッピーエンドを導き出す。

 『君の名は。』は感情を揺さぶる映画だ。弱点はあるが殊更そこに注目する必要もない。魅力はそれよりずっと大きいのだ。描写は空と人という極端にスケールの異なる二つの世界を彗星によって結びつけて叙情的な作品世界を形成し、物語は空間と時間を隔てた二人の人物を、論理よりも比喩によって心理的に無理なく結びつけ、二人が奇跡的に再会する幸福な結末で締めくくる。他にも古来の意匠と美、最大限に生かされたアニメーション映画の特性など、多くの美点を持つ魅力溢れる映画だ。

 それにしても人はどうしてこれほど失われた記憶を希求する物語に心惹かれるのだろう? もしかしたら我々自身も大切な何かを忘れてしまっているのだろうか?

このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント

拍手とコメント、両方して下さる方はお手数ですが、コメントは下のコメント欄にご記入下さい。拍手ボタンを押した後に出てくる「拍手コメント」に書き込んでも通常ページには表示されない仕様になっているようです。                       ⋮

コメントの投稿
非公開コメント

年代別

ジャンル別

プロフィール

ぱこぺら

Author:ぱこぺら
批評なので基本的にネタバレです。できるだけ下記の方針で書きます

・作品外の周辺情報を考慮せず作品内の表現に基づいて評価する
・歴史的な読み、評価から離れて現在の視点から論じる

リンク

撮影監督の映画批評

無意識の感情移入など専門的な視点から語られる映画評。個性的。

 

映画中毒者の映画の歴史

創成期の映画史と当時の作品の解説。貴重な情報が多数。


このブログをリンクに追加する