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『Love Letter』客観描写による主観の表現

監督/脚本:岩井俊二 出演:中山美穂・豊川悦司・酒井美紀・柏原崇 1995年

 郷愁そのもののような映画。光や雪の白さ、甘美な旋律、過去の追想などによって郷愁という感情を映画という形式に落とし込み『ラブレター』と名づけた、といった感じだ。

 映画は始まりから映像も音楽も申し分なく美しい。横たわった中山美穂の顔や雪を払う手など、極端なクローズアップが連続し、街に降りていく彼女を画面の片隅に小さく捉えた長いロングショットがそれに続く。

Love Letter(ラブレター):岩井俊二Love Letter(ラブレター):岩井俊二 渡辺博子と藤井樹、二人の中山美穂が出会う場面では博子が樹に声をかけた途端、どこに隠れていたのか突然、大量の通行人が湧き出してきて、振り向いた樹が博子の存在に気づかずに去ってしまうという、とても面白い演出が見られる。
 樹が画面奥に現れ、自転車に乗って移動するのをカメラが周囲の景色から切り取って追い続ける。彼女は豊川悦司演じる秋葉とニアミスし、博子の前を通り過ぎる。そこまでが1カットで撮られている。次の振り向く樹を捉えたショットには彼女だけが存在していて、周りにも後景にも人っ子一人いない。しかしすぐにどこからか現れた群衆で画面がいっぱいになる。直前までいなかったはずの人々はなぜ突然申し合わせたように一挙に湧き出してきたのか? 観客にはさっぱり分からない。そして映画はその疑問をそのまま素通りしてしまう。非常に不自然な描写だ。
 不自然だが、演出はその描写によって二人の主観を捉えようとしている。樹だけが存在しているショットは、驚き周囲が目に入らず樹しか見えていない博子の主観そのものだろう。そこに現れてくる群衆は、樹に絞られた博子の注意の焦点が緩んでいき、徐々に周囲の状況が見えてくる彼女の心の推移を描いている。一方、樹は街中でふと自分の名を呼ばれたよう気がした…そして振り返る。すでに幾人かの人が現れ始めていて、声の主は見つからない。気づくとそこは雑踏の真っ只中だ。…やはり気のせいだったのだろう……そのまま去っていく。おそらく彼女たちは最初から雑踏の中にいたのかもしれない。
 日常の中で思いがけず出会った小さな非日常、その時の微妙な心の動きを主観的に捉えようとしている演出がとても魅力的だ。多少の不自然さよりも、何ものかを表現しようとする、その表現そのものと主観表現の美しさの方が何倍も優っている。

Love Letter(ラブレター):岩井俊二Love Letter(ラブレター):岩井俊二 また、図書室で窓にもたれ本を読んでいる樹──柏原崇が風に翻るカーテンに隠され、なぜか存在を消失し、また気づくと同じ姿勢で何事もなかったかのように本を読んでいる。幻想的な場面だ。現実を客観的に写し撮るカメラによってさりげなく表現される主観。そして終盤、彼が実際にいなくなった時、樹──酒井美紀によって再び同じ場所が見られる。そこにもう彼の姿はない。
 プルーストを書棚に戻すことで彼女の過去への旅も閉じられる。

 只々、過去の美しさに耽溺するための映画だ。映画はオープニングで死者を追悼する場とそこに参加する人々を映し出し、作中、主人公の渡辺博子は死者である藤井樹とその過去に執着し続け、後半ではもう一人の藤井樹──女性であり生者だ──がそれに巻き込まれる形で過去を追体験していくことになる。かくして二人の主人公は共に過去を志向し、映像はその視点に促されて延々と過去を描き続ける。そこに登場する男の藤井樹は勿論もう死んでいて過去そのもののような存在であり、生者である秋葉も常に口ずさんでいた「青い珊瑚礁」のいわくが最後に明かされる。かくして主要登場人物全員が過去に囚われていたことが判明する…。

 登場人物から物語の筋まで、徹底して過去を志向した構造によって、内容は否応なく郷愁を帯びて、白く淡い映像と美しい音楽によって描出されていく。構成要素の全てが総力を挙げて、甘く切ない感傷性を最大化しようとしているのだ。そしてそれがこの映画の全てだ。そのことに意義を感じられるかどうかは観客による、としか言いようがない。

Love Letter(ラブレター):岩井俊二Love Letter(ラブレター):岩井俊二 過去への執着と疑問、過去の追体験、過去の再発見と解釈の変更……全編過去で出来ていて、女の樹がいくら過去を追想しようと、男の樹がいくら生き生きと映し出されようと、もちろん過去は何一つ変えられないし、死者は還ってこない。ラストでの樹のように変えられるのは解釈だけだ。そのあまりにも後ろ向きな作品の構造が可能性の存在しない空しい世界を形成している。主人公の博子は過去に向かい続け、秋葉や樹をも過去に誘導していき、クライマックスでは甘美な感傷に耽溺し、ついに最後まで未来に向かって自らの生を生きようとはしない。自己憐憫にのみ終始する退廃的な作品構造だ。
 ただ、その構造が生み出す感傷が描写に一層の美しさをもたらしているのであって、美点と弱点が表裏一体となっている。何ともアンビバレンツな映画なのだ。

 他にも描写やシナリオに少し無理なところがあり、描写の魅力に過度に依存した物語の展開が冗長さを伴ってもいる。また、神戸、小樽、樹が遭難した山など、場所の違いが視覚的に表現されておらず、特に神戸市中央区が全くそう見えない。飛行機や列車のカットだけで場所の違いを示していて、この点では描写も非常に陳腐だ。

 物語と描写の関係に根本的な問題を抱えていて、他にも少しアラの目立つ部分はある。しかし、数々の優れた特徴を持つ映画でもあり、特に客観描写に紛れ込んだ主観の表現には抗いがたい魅力がある。また個性的でもある。他の要素を削ぎ落とし過去の美しさのみを表現する極端さはこの映画だけのものだろう。
 『ラブレター』は多少の弱点がありつつ、岩井俊二の個性的で新鮮な演出が光っている映画だ。

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